侠客行〔全三巻〕

 中原武林界はここ三十年間、十年一度に現れる賞善罰悪令と共に吹き荒れる殺戮の嵐に恐々としていた。賞善罰悪令を持つ二人の使者は武林、幇会の頭目に『侠客島に赴き朧八粥を食しに来い』と突然現れ、其のまま赴いた者は二度と帰らず、令に逆らった者は一派、幇会の区別なく皆殺しにされてしまうのだ。そしてとうとう、賞善罰悪令を持つ侠客島の使者が来る十年目がやって来た。
 ここに一人の青年がいる。其の名はゴウ・ザァジョン(漢字で書くと狗雑種つまり野良犬の意味)、ある日消え去った母親と愛犬と求めてさすらう浮浪者である。彼は数奇な運命によりある日突然に長楽幇の総舵手石破天と云う事にされてしまった。懸命に自分は狗雑種でそんな名前ではないと言い張る彼だが、何時の間にやら己の身体にはまったく身に覚えのない身体的な特徴(傷)が二つ、三つと刻まれており、他人は頑として己が内功修練の結果記憶を失ったとして譲らなかった。石破天として暮す事になった狗雑種はその内自分でも自分の出自が判らなくなり、おまけに自分の前身だった?石破天、本名石中玉という存在がどうしようもない悪人であった事を知り恐怖する。彼は母親に虐待されながら育ったためかその石破天とは正反対で、学はないが性格は温厚にして純朴、義に厚い青年だった。彼は石中玉の親、玄素荘の石清・閔柔の二人からもつかの間とは云え息子としての愛情を注がれ、その恩義と自分に良くしてくれた長楽幇への恩義から本物の石破天/石中玉が見つかって尚、侠客島へ赴く事を決意し、石中玉が切っ掛けで起こった雪山剣法派との諍いにも関わってゆく。果して石破天/石中玉とそこまで酷似する狗雑種の正体とは、そして侠客島に秘められた謎とは?

 主人公狗雑種の人格が主人公然としていて判りやすい。…と書くと書剣恩仇録の陳家洛や笑傲江湖の令狐冲が優柔不断の極みの様な感覚を受けるかもしれないが、本編の主人公もあっちふらふら、こっちふらふらと言う点では大して変化はない。「一日不過三」の異名を持つ丁不三の孫娘と雪山派白自在の孫娘との間で一応そう云う状態にはなる。しかし狗雑種は単に無知故にそうなった節が多々あり、他の作品主人公に比べると気を持たせるような部分はあまり見受けられない様に思う。主人公は江湖の決まりとかそう云ったものは基本的には無頓着と言うか知らないので純粋に正義感で行動するが、却ってそこらが好感を抱かせる。ともすれば自分と自分の所属する組織からの視点しか持たない了見の狭い、偽善者の特に多い当作品においては彼の純粋な正義感が新鮮に映る。「イワンの馬鹿」宜しく、愚鈍とは云え心の真直ぐなキャラクターが最終的に誰よりも幸せになるというのは読んでいて気分がいい。今まで出版された金庸の作品の中で存在する主人公達の中では一番のお気に入りである。その分、脇を固める人々に今一つ魅力が足りない様に思える。何かどれもこれも似たり寄ったりの悪人ばかりに見えてくるのだ。その中でも目立つのは摩天居士こと謝煙客。所持者に受けた願いを必ず聞き入れると彼が誓いを発した江湖の伝説の令碑「玄鉄令」の所有者が偶然狗雑種になってしまい、謝は下らない事で狗雑種にその願いを言わせようと色々手を打つが、狗雑種は母親?の厳しい躾(虐待とも言う)のお蔭で他人に頼みごとを言わない人間だった為、それらは意味を成さなかった。業を煮やした謝は狗雑種に間違えた内功の修練法を教え込み、修行が完成した暁には狗雑種が体を壊して死に至る様に仕向ける。とんでもない悪党だがこの謝煙客、自分の名折れになる事だけはけっしてなそうとせず、玄鉄令を持つ人間の頼みがどんなものでも聞かなければならん、と決め付けている所が何処か憎めない。結局彼がいなければ全ては始まらなかったのだから、話のキーパーソンとも言える。…しかし現実にこんな爺さんがいたら迷惑この上ないだろうて。

連続電視劇:侠客行
 この間(99年1月末)广州に行って来た訳なんですが、天河購書中心で売ってたのが88年に香港で制作された梁朝偉(トニー・レオン)主演の本作のVCD全18巻7000円位。ドニー・イェンの精武門に比べればオープニング/エンディングもちゃんと収録されているし、こりゃいいかなーと思っていたら案の定普通話+字幕なし。未だ二枚しか見終わっていない…。話は原作では脇役の口からのみ語られる石中玉(トニー・レオン)の悪行の数々をドラマに組み込んでいる。といっても、石中玉は原作そのままのど外道なキャラクターではなく、単におねいちゃん大好き、練功大嫌いなお軽い、何処か憎めないやんちゃ小僧(トニーだから小僧と言うのもなんだが)に性格が変更され、雪山派の本拠、凌霄城でアホな事を繰り返している。ここからの展開が楽しみ。

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