『筏を組む?』
そうだ、とシェリンは頷いた。彼は筏を組むにも充分な強度を持った茸があった事を説明し、其れを使えばエレルヘイまで恐らく最短の時間と最小の危険で到達出来る筈だ、と述べた。
『しかし、我々に出来るだろうか』
『ロープその物は未だ残ってる』
『櫂は?』
『それも茸で作れる』
『敵はどうする?』
『…魔術師。透明化の魔法で広範囲のもの、持ってるな』
『ふむ、筏ごと透明化すると言う訳か。…時間はどれくらいだ』
『少なくとも歩くよりはずっと早いのは保証できるな』
『よし、決まりだ』
『其れと…』
シェリンはロザリアの方を向いた。彼にとって今気懸りなのは彼女の足の事だった。だが、彼女は艶然と微笑み、そっと鎖帷子の裾をめくった。驚いた事に、彼女の足は完治しており、あの痛々しい粘膜状だった皮膚組織は既に元の白い素肌に戻っていた。
『太陽神があんたを見捨て給う事はなかった…そういう事か』
シェリンはしゃがみ込んでしげしげと彼女の太腿を見詰めていたが、ふと回りの視線と彼女の恥ずかしげな素振りに気付き慌てて視線を逸らし、咳払いを一つすると元の無愛想な表情に戻ってついと茸のある方向に向けて歩き出した。
『で、こいつ(筏)を使う前に聞いておきたい事がある。あの魚の化け物と出くわす可能性はどれほどだね』
『自分達が使うのはスヴァルトジェットの支流であいつのいた所からはずっと離れている。会う可能性は先ずないと言ってもいいだろう。他のアボレスや魚人にあう可能性は否定できないがね』 彼らが筏を組立てるのに必要な分の茸を切り倒す事は容易ではなかった。彼らの持つ手斧で、成長しきったサルノコシカケと同等の硬さを持つ巨大茸を、木製の扉を壊すのと同じ様に行く筈はない。だが、其れだけに彼らは茸に対する信頼の度合いを深めた。これならば少々の事では壊れもしないだろうという信頼だった。
彼らの周囲には茸と人間の混じった様な奇妙な生物がのろのろと動き回っている。彼らはこの茸の森の守護者である。予め、シェリンは彼らの好む魔法薬を賂として与える事で戦いを回避しておいた。彼ら…マイコニドは平和的な種族で、こちらが下手に出ている限りは向こうからも戦闘を仕掛ける事はない。但し、彼らは自分達の領域を荒らされる事に対しては敏感に反応するので念の為に手を打っておいたのだ。マイコニドと闘った所で彼らに得られる物は殆どないに等しい。彼らはこの一行が敵意の無い事を理解すると各々が好奇心の赴くままにシェリン達の傍をうろうろしていた。マイコニドを初めて見たヘルベルトらは当初そのグロテスクな外見にあからさまに嫌悪の姿勢を見せたが、シェリンがマイコニドは言葉こそ持たぬものの、こちらの行動には様々な色の胞子をばら撒く事で反応し、その正直な態度は深濃小矮なんかよりずっと良い…等と説得したお陰で、作業が終わる頃には彼らの緊張も多少は解れていた。
『そんなにいっぱい居るのか?あの魚は』
『居ればエレルヘイでももっときちんと対策を取っているだろう。俺が好い加減な知識しか持っていないのはあいつ等に対する研究と対策が余り考慮されていない証拠だ』
彼らは又三日掛けて、嘗て渡ったスヴァルトジェット河の辺に戻ってきていた。以前はこの河を使用してエレルヘイに行く事は選択外だったが、今は筏もある。それに、ここからエレルヘイは下流に位置する。河の流れの左よりに筏を付けていれば後は勝手に運んでくれるのだ。
彼らは役割の分担を決めると、早速筏に乗り込んだ。
続く