神鵰侠侶（神鵰剣侠）

神鵰侠侶（邦題：神鵰剣侠）〔全五巻〕

　『射鵰英雄伝』から時は更に流れ。楊康の遺児・楊過は郭靖夫婦に引き取られ育てられていたが、彼の孤児として路上で過ごした期間ゆえか、身に付いた短気で直情的な性格は嘗て父子の縁を偶然結んだ欧陽鋒の教えた蝦蟇功の力と合わさって、諍いを度々起こしてしまう。その為に黄花島を追い出された楊過は郭靖の計らいで全真教の丘處機の元に弟子入りする事になるが、そこでも生来の束縛を嫌う姿勢が仇となり飛び出してしまう。
　逃げ込んだ先で彼は、全真教と曰くある古墓派の伝承者、小龍女と出会う。凡そ感情と言う物を表に出さぬ彼女と暮らしている間に、男女の事など教わっていない楊過も徐々に彼女を慕うようになっていった。
　しかし、二人の時間は長くは続かなかった。丘處機の弟子尹志平が小龍女に対して、出家者として有らざるべき感情を持った事から二人の長き別れと巡り合いの繰り返しのドラマが始まったのである…

　…筆者の感想をざらっと言うと、射鵰英雄伝より話の焦点がはっきりした割に個々のシーンが想像となって現れてこなかった。前作の郭靖よりもよりダークサイドがはっきりして人間的であるにも関わらず、主人公の楊過があまり魅力的に感じなかったせいもあるが、何よりも問題なのはヒロイン・小龍女が余りにもエキセントリック過ぎて訳が判らん事である。極端から極端に思考が飛ぶ人間は決して皆無とは言わないが、何か有るとすぐに消えよう、消えようとする彼女の態度は方向を変えただけの馬鹿女そのものであり、彼女の台詞に説得力など微塵も無く、楊過への想いなど只の言い訳でしかない。多分、彼女は多大に自己憐憫に酔うタイプの女性なのであろう。『私って可哀想な女』という雰囲気がぷんぷんしている（却って他人の反感を買うのである）。元々が感情に起伏を出さない修練を積んでいる、という設定があるのならば、それこそその設定をもっと生かすべきだろう。例えば、如何なる場合であっても自己の決定を変えないのならば、姿を消す事ではなく、死ぬまで無理をおしてでも楊過と一緒に居るべきである。悲観的な見方しか出来ない弱い女を描くならばそうした初期設定は全くの無駄である。
　其れだけではない。第一巻にして早々に彼女の初期設定その物が、大きな物語の転機の正にその時に破綻しているのである。言うまでも無く、彼女の操が尹志平によって汚された場面である。欧陽鋒に穴道を塞がれ、目隠しされた状態で強姦された為彼女はそれを楊過と誤解したと本書では書かれているが、古墓派の人間は墓に篭って修行する為に五感の内、視覚に頼らぬ訓練を常時積む事になるではなかったか。となると、人間は必ず其れ以外の感覚を研ぎ澄まし、欠落した感覚をカヴァーするようになる。つまり、触覚、聴覚そして嗅覚である。…もうお判りであろう。尹志平が彼女を犯した時、小龍女はそれが楊過ならざる第三者であると『気付かない筈は無い』のである。幾等あの墓の中がそこそこの広さを持っているとしても、盲人並の生活を強いられた彼らが、相手の体臭を嗅ぎ分けられないというのには無理がある。この瞬間から筆者はこの小説に対しての興味を大半失ってしまった。虚構を描いた作品における出鱈目を受け入れさせるには、それなりの辻褄合わせが必要となってくる。そうでなければ、想像力を喚起し共感を生む事など出来ないからである。少なくとも筆者は武侠小説や一般フィクションにおける暗黙の了解めいた物に付いては、それがルールであると認識し了承する物であるが、物語の設定その物と矛盾するようなものには到底是認出来ない。
　確かに第４巻以降の第２部とも言うべき半ば独立したパートは面白く、私の好みにも合ったものがあるのだが、そうしたものもあって、筆者としては余りこの作品を良いものとして感想付ける事は出来ない。ましてや、第一巻の帯に有るような『中華世界十二億人が胸を熱くした、武侠小説史上最高のラブ・ストーリー！』等と語るのは片腹痛い。少なくとも古龍の『辺城浪子』の方が愛を能弁に語っていると筆者は断言する。だいたい日本人までが『白髪三千丈』的な物言いをしてどうするのか。少なくとも当作品を十二億もの漢人が読破した筈もなかろうに。

お気に入り：神鵰。
　誰が何と言おうがこれに尽きる。兎に角強い、絶対に強い。
　『笑傲江湖』でも名前だけ出て来る独孤九剣の発案者・独孤求敗のペットだったハゲワシのような生き物であるが、恐らくは外世界からやって来た怪生物の一種だと思われる。RPGのAD&Dでは性格が変わったType１Demon（第１版）乃至True demon: Vrock（第２版）として扱われるだろう。多分、いや、絶対。

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