精武門の呉廷燁

呉廷燁鑑賞記（『精武門』）

陳真（甄子丹飾）と大師兄（呉廷燁飾）

　1995年に亞洲電視で放映され、大人気を誇った甄子丹版『精武門』。日本でも短縮版がリリースされたので御覧になった方も多くいらっしゃるものと思われ、今更ここでレビューなんぞを書くのも何だが、亞洲電視の番組として改めて見返してみると結構これが興味深いのでカラムを書く事にした。日本版では粗完全に抹殺された呉廷燁演ずる大師兄・劉振聲の活躍とは!?
　尚、このカラム作成に当たり資料としたのは中國唱片總公司から発売された全14枚組VCDであり、全二十八話の編集版である。よって正確な放映話数は未だ不明のままであるがお許し頂きたい。
　

『精武英雄』粤語歌詞

無可(手當)　原是我精武英雄　英雄無不衝動

誰阻(手當)　凌辱我怎去遵従　堅持人的尊重!
Seu-zo-dong Ling-yug-Ngo-zem-heu-Jun-cung Gen-qi-Yan-dig-Jun-zung

*誰瑟縮中偸生　我憤怒　我定我的命途
Seu-Sed-sug-zhong-Tau-sang Ngo-Fen-nou Ngo-ding-Ngo-dig-Ming-tou

誰唖忍聲音不會洩露　内心一生刺著刀
Seu-Nga-Yan-Sing-yem-Bed-ui-Xid-lou Noi-sem-Yed-sang-Qi-ju-dou

**無妥協　世局揺盪　甚麼東亞病漢？
Mou-to-hib Sai-gug-Yiu-dong Sem-mo-Dong-nga-beng-hun

無妥協　眼在前望　歴史因我被震盪
Mou-to-hib Ngan-zoi-qin-mong Lei-xi-Yen-ngo-bei-zen-dong

寧於猛火中滅亡！
Ning-yu-Mang-fo-zhong-Mid-mong

A2: 無担憂　無害怕走上荊途　英雄源於風暴
Mou-Dang-yau Mou-hoi-pa-Zeo-seng-Ging-tou Ying-hung-yun-yu-Feng-bou

狂魔者　来負我怎須奔逃　堅持人的驕傲
Kong-mo-ze Loi-hu-Ngo-Zem-sou-Ben-tau Gen-qi-Yan-dig-Giu-ngau

*、**リピート

SE:（話俾(ｲ尓)知！　我ﾛ地中國人唔係『東亞病夫』！）
（Wa bei Lei Ji! Ngo-dei Zhong-guog-yan Mu-hai Dong-nga-beng-fu!）

心　在天邊的遠方　看山川過萬里　仍深感真理不死！
Sem Zoi-Tin-bin-dig-Yun-fong Hon-San-qun-guo-Man-lei Ying-Sem-gem-Zen-lei-Bed-sei

第一回

　時は1911年、辛亥革命によって国名が中華民国に変わっても、列強諸国に食い物にされる大陸の状態は変わらず、憂国の士にして武術家・霍元甲（高雄）は自分の門派の事ばかりに感ける武術門派を統一し、列強に対抗する人材を養成すべく『精武門』の設立を考案、提言した。しかし、自分達の既得権が侵される事を嫌った各門派は霍元甲の実力を認めながらもおいそれと従う意思を見せようとはしなかった。
　その頃（広東省の何処かに位置すると思われる）陳家村に住む陳真（甄子丹）は自学自習で武術を会得していたが、生来の気性からか喧嘩の絶えない日々を送っていた。彼はある日、霍元甲の噂を聞き、そのカリスマ性に打たれたが、正に其の日、彼の運命を動かす事件が発生した。馬賊の集団（率いるは洪飛（熊欣欣））が陳家村を襲撃し、彼の家族を、妹・小燕（戴夢夢）を残して惨殺されてしまったのだ。馬賊は彼の活躍と官兵の出現によって退散させられ、馬賊は陳真へ『次は殺す！』と捨て台詞を残して逃走する。家族を失った陳真は小燕と親戚を頼って共に上海に渡り、新生活を夢見るものの親戚と仲違し、路頭に迷う羽目になった。彼は生活の為に苦力の仕事を得ようとするがそこに現れたのがクライアントの蔡學富（尹天照）であり、彼は其処で出遭ったジョン（姜皓文）達の苦悩を知りつつも、困難から目を背ける彼らに向かって『あんたらがやらなくとも俺はやる！』と果敢に蔡學富の非道な扱いに立ち向かうのだった…

　この第一回で主な登場人物は殆ど出現する。武田由美（萬二蚊）、霍元甲、蔡老板、蔡學富、綺翹…居ないのは黑龍會の面々（まだ日本にいる）と武田幸雄（楊澤林）くらい。のっけから物凄いスピードで話が展開する。日本版では霍元甲が武術総会で暴れるシーンの他はOPで熊欣欣達山賊、給金を取り返すべく武獅大会に乱入する場面が挿入されていたくらいだったが、色々見所多し。『ドラゴン危機一髪'97』にも繋がるスピード感あふれる山賊との戦闘シーンはカットされるには惜しい。ドラマ的な見所としては、苦力へのねちこい嫌がらせが全て無駄になり、それをジョンに公衆の面前で指摘されて怒った蔡學富が、親父（蔡老板）にビンタされて凍り付く場面が良い。彼の暗黒はここから始まった。又、香港南拳王・梁日豪演ずる梁蝦の演武も物語のリアルさを高める働きがあって良い演出である。
　大師兄も当然登場する。引っ手繰りを追う官兵（警官？）として、自転車を颯爽と漕ぐ姿で登場。陳真を犯人と誤解し、早速戦うが被害に遭ったおばさんの『其の人じゃないよ』の一言で手を止める。彼は正義感溢れるが故に仲間が盗人とナアナアの関係を持っている事を忌々しく思っており、向こうにも煙たがられている。自分と互角以上に戦える陳真に対して早くも暗い目付きで見詰める辺り、このキャラクターの行く末はこの時点で決まっていたものと思われる。しかし台詞は余りなく、印象に残ったのは『蔡學富と関わるな、直にここ（上海）から出て行く事だ』と金もない陳真に平気でそんな事を冷たく言い放つ場面くらいである。呉廷燁は無表情にきつい事を言う姿がよく似合う。

第二回

　前回、面子を潰された蔡學富の差し金で苦力の仕事場から追われてしまった陳真兄妹はふとした事で嘗て暴漢の手から救ってやった綺翹（叢珊）と再会し、彼女の伝で彼女の勤める夜総会でウェイターとして働かせてもらう事となった。しかし其処で蔡學富と再会してしまい、謂れのない虐めを食らう羽目に。妹に手を上げた蔡學富に向かって陳真の怒りは爆発し、夜総会はパニック状態になるがそこに蔡老板が現れ場を収める。蔡老板の申し出に従いウェイターから彼のボディガードに就く事となった陳真は梁蝦と共にめきめきと頭角を現すが、それを憎憎しげに思う蔡學富は純粋で疑う事を知らぬ彼を言葉巧みに唆し、何と陳真と霍元甲を戦わせようとするのだった。
　素直に蔡學富の言葉を信じた彼は精武門に殴り込んで大暴れする。霍元甲は彼の『天下一の武道家になりたい』功名心は何もならぬと言う事を諭そうとするが彼にはそんな遠回しな表現が通用する筈もなく、却って敵愾心を強くさせるだけだった。
　已む無く決闘に応じた霍元甲は陳真を軽くいなし、陳真は其処で始めて初めて自分の力量の至らなさを恥じ負けを認めるが、そこに自分の家族を殺した馬賊が乱入し、事態は勝負どころでは無くなってしまう。末弟を殺した陳真を偶然上海に来て発見した馬賊は蔡學富の叔父・蔡金虎（自らも『金虎堂』なる流派を構える使い手）の義兄弟でもあり、蔡學富と蔡金虎は目障りな陳真を消すべく馬賊と協力したのである。必死で小燕を連れて逃げる陳真の前に洪飛が現れ、兄を助けようとした小燕は洪飛の一撃を受け、瀕死の重傷を負ってしまう…

　精武門の面々もこの話から現れる。彼らと陳真との出遭いは最初から良かった訳ではなく、完全に敵対関係にあった。初対面のやり取りが『霍元甲と勝負したい、出せ！』という陳真に弟子達が口々に『私（俺、拙者）が霍元甲だ』とやり返し、終いに陳真がキレて暴れる件が微笑ましい。由美と会話するのもこの回からで、小燕が熱を出している事を知った綺翹の計らいで病院に行った彼がそこで働く由美を見てコチンコチンになって舞い上がる様がなんだからしくていい。二度目の出遭いは馬賊に追われた陳真が瀕死の妹を抱えて已む無く逃げ込んだ所が偶々彼女の住む武田公館であり、もう少しで日本兵に見つかりそうになった陳真を彼女が助けたのである（広東語バージョンでは日本兵は怪しい日本語を話しているが普通話VCDでは中国語。何故？）。
　結局小燕は手当ての甲斐なく死亡し、陳真は彼女を荼毘に付す為魚を捕まえ、売る訳だがこの魚を捕らえるシーンはマッハヌンチャクと同じ位に怪しさ炸裂なので必見。あと、甄子丹が霍元甲に騙されて？待ち惚けを食らわされるシーンがあるが、ここで彼が待たされるのは単なる飯屋でも何でも、『天下一』の看板を付けた店ばかり。これは霍元甲と戦おうとする陳真が霍元甲に告げた一つの理由（もう一つは蔡學富への義理）への返答…天下一を名乗りたければ勝手に名乗るが良い…と言う事だったのだが、ここまで来ると笑ってしまう。勿論、彼のアクションシーンは見事で、梁蝦との息のあったコンビネーションなどまともなシーンも充分ある（日本語版では完全に消滅）ので見て損なし。
　大師兄・呉廷燁は陳真と二度目の戦い。『上海を出ろ』と言ったにも関わらず居残った（そんな金があるわけがない）ばかりか師父・霍元甲に拳を向けるなど、生真面目な彼にとっては充分過ぎる戦いの理由であったが、この時点で既に大師兄の腕が劣る事が発覚。彼の暗い眼差しに更に闇が宿る。敗北系キャラクターをばりっと演じていらっしゃる。

第三回

　妹までも洪飛に奪われた陳真はたった一人で彼らへの報復攻撃を開始する。次々に陳真のゲリラ戦術によって殺される山賊達。山賊三兄弟の次兄も陳真の放ったコインで眉間を貫かれ、一人残った洪飛は陳真に『次は貴様だ』と予告され、更に怒りを募らせる。蔡老板は同じ幇会で陳真と蔡金虎が争うのは組織の維持上実に都合が悪いので洪飛と陳真の怨讐を決闘と言う形で手打ちにする事にし、二人は幇会の面々の前で決闘する事となった。当初相討ちを考えていた陳真だったが、決闘前日に由美、そして霍元甲の言葉と諭しを受けて考えを改め、勝利の為に戦いに臨む。戦いは最初の内こそ鷹爪功を使う洪飛優勢で事が運んでいたが、陳真の腕を封じた事で慢心し、其の隙を陳真が霍元甲の『手が駄目なら足を使え』の言葉通りに蹴り技で突いて逆転、ついに空中三段蹴りで洪飛の息の根を止めたのだった。
　これで家族の仇を討った陳真は妹ととの約束を果たすべく、彼は幇会を抜ける事を命を掛けて申し出た。幇会を抜ける事はご法度である。容赦ないリンチに便乗して陳真殺害を図る蔡學富だったが、梁蝦が機転を利かせて彼の助命を嘆願、結局蔡老板も折れて彼は自由の身となった。梁蝦や由美に別れを告げ、駅で列車を待つ陳真。そこに霍元甲と大師兄が現れる。霍元甲は陳真の資質を見抜き、彼に精武門に来る様薦めた。
　こうして、精武門第五番目の高弟、陳真が誕生したのである。しかし、先の一件で精武門の弟子達は彼に対して敵意を残しており、特に三師兄・葉大昌と四師姐・馬小清の敵意は大きかった。陳真は人力車引きの仕事に就いたが、其の仕事における先輩格が三師兄であり、ここでも陳真は虐められる事なった。挙句に陳真の顔は先の一件から皆の知る所となり、面倒を嫌う人々は彼の引く人力車に乗ろうとはしなかった…只一人、由美を除いて…。

　何と云っても洪飛との戦闘場面が今回の目玉。本格派同士の息をも付かせぬバトル。それにしても、熊欣欣の馬賊スタイルはカッコ良いんだか悪いんだか。戦闘に入る前に互いに家族の仇となった事を不敵に挑発の文句として嘯く場面がナイス。戦闘の後半、華麗な蹴り技だけで圧倒する陳真のアクションは一目に値する。又、四師姐の演武がスタントなしで見事。梁蝦の演武と同じく、本物のもつ迫力がドラマに命を与える好例である。その他、ヘンな見所としては山賊相手にゲリラ戦を仕掛けて次々に射殺して行く陳真の姿に被さるBGMがロボコップなのが笑わせてくれる。
　ドラマパートでも笑わせてくれるのはこれ。陳真は小燕の生前言っていた言葉『鳥は良いね。何処でも好きな所に飛んで行けて…』を思い出し、何と骨壷の灰を飛ぶカモメに向けてぶちまけるのである。おい、墓はどうするんだ墓は!?どうも陳真は歌の通り『無不衝動』つまり常に衝動的らしいのは判るが、もう少し先の事考えても良いと思うのだが。
　これを受けて、由美と二人で海岸で妹を偲び、そこから山中で花の種(後にトマトと判明）を植える場面がある。ここで由美が何かに付けて天真な陳真の態度に『貴方は日本人の男の人とは違うのね』と云い、『日本の男の人は女性に良かれ悪しかれ、何の言葉も掛けない』とポツリと洩らす。更に、土に汚れた自分の足を拭いてくれた陳真を見て『日本の女は大事な男の人にしか足を見せてはいけませんよ』という躾を思い出して気まずくなるのだが…筆者の考えでは実にOKな態度である。美徳は美徳だ(笑)。
　蔡學富、今回も遺憾なく虐めっ子振りを発揮。…というか、もう少しで憎き陳真を殺せる一歩手前だった。梁蝦が出てこなかったらこのドラマはここで完結していたに違いあるまい。蔡學富が陳真を憎むのはずばり、父親・蔡老板に気に入られたからだと筆者は踏んだ。自分が何をやっても父に認められないのに対し、陳真は第一回以来何かと蔡老板に目を掛けてもらっている事に劣等感を刺激されたのだろう。でなければ、物語後半での暴走振りに説明が付かない。
　大師兄の役割は今回殆ど無し。せいぜい、『三師兄、四師姐は会いましたが二師兄は？』という陳真の問いに対して彼は死んだと言う事を告げた位か。

第四回

　三師兄の嫁の抱えた賭博の借金は1000元に膨れ上がり、彼女は思い余って精武門の土地権利書に手を出してしまう。其の事を知った陳真は、蔡老板の所に居たコネを使い借金を棒引きにして貰った…筈だったのだが、何時の間にやら借用書は蔡學富の手に渡り、又もや精武門は危機を迎える。陳真はこうなったのは自分にも責があると考え、蔡學富の所に陳情に行く。そこで蔡學富が出した条件は、彼が闇の掛け試合で勝つ事だった。
　しかし、蔡學富が陳真に渡したファイトマネーはジャリ銭ばかり。其の事を知った大師兄らは真相を知らず、精武門の面汚しと罵り、挙句に（武田幸雄に交際を禁じられた）由美から絶交を告げられてしまう。一人の味方もなく試合に出続ける陳真。『お前に選択の余地はない』と冷たく言い放つ蔡學富。其の事に気付いた綺翹と梁蝦は陳真を助けようと考えたものの、蔡老板と陳真の一件があるせいでどうにもならない。
　そんな中、（陳真を殺すのに充分な力量を持った）ムエタイ使いが次の試合相手に決まる。恨みもない相手と闘い続けることに倦んだ陳真は『もうこんな試合で金を返すのは嫌だ、人力車の稼ぎでどれだけ掛かろうがきっと返す！』と蔡學富に文句を言うが、蔡學富は『私だってお前に傷付いてもらいたくはない。そこでだ、次の試合で勝てば1000元はチャラだ』と結局陳真を納得させてしまう。彼の目的は陳真が試合で殺される事であり、其の叔父、蔡金虎の目的は精武門を潰す事であるが為、陳真はこのままではどうであれ死ぬしかなかった。
　こうして、ムエタイ男と陳真の試合が組まれる事となった。果敢に攻める陳真だったが、防御力、攻撃力ともに陳真を上回るムエタイ男は次第に彼を追い詰めるのだった。一方的展開のまま陳真の敗北並びに死亡が確定する…かと思われたが、蔡老板の一言で試合は十日後に延期され（蔡老板の掛け金はその代わり五倍額の20万元に増えた）、陳真は九死に一生を得た。しかし、このままでは同じ事である…陳真は迫り来る確実な『死』に恐怖し始めていた…

　今回の目玉はムエタイ男との試合(第1戦）…なのであるが、ムエタイ男の強さを強調する為に使用したワイヤーアクションがやたらと目に付き、どうも苦笑を誘ってしまう。よって他の所に目を向けるとしよう。綺翹が何かと陳真に世話を焼くシーンが何となく素敵である。精武門において、ヒロイン・由美の態度は観る者に時には反感を誘うものが多大にあるが、綺翹のそれは常に一貫した、大人の女性としての態度（且つ、自分の分を弁えて深入りしない）で非常に魅力的である。彼女が幾等陳真に命を救われた恩があるとはいえ、色々世話を焼く様（しかも殆ど彼女の好意は報われない）は観ていて『何故そこまで？』と思わせるほどに健気其のものである。蔡老板や梁蝦が想いを寄せるのも良く判る。彼女は文句なく、全編を通じて最高の女性キャラクターである。
　無論、今回の蔡學富もナイスである。言葉巧みに？陳真を闘いの場に引き込んでおきながら自分は試合展開を詰まらなさそうにしか見ず、梨か林檎を齧る其の様は彼が自ら叔父・蔡金虎に『私の目的は陳真が死んでくれる事です』と告げる前から其の目論見を雄弁に語っていて実にナイス。しかも、陳真が死ねば土地権利書を楯に精武門は潰れるし、最後にはムエタイ男を殺せばこちらの出費もなくなると言う一石三鳥を狙うとんでもない策士振りを見せ付けてくれる。こんな人物を敵に回してしまった陳真は不幸と言うしかない。確かに陳真は彼の面子を何度も潰している。しかし、ここまで執拗に陳真の死を願う彼は一体何者か。まさか屈折した愛情を…と勘繰りたくもなってくる。
　大師兄、今回の活躍は特に無し。『私は君が何をしたのか知っている。…見損なったよ』と陳真に冷酷其の物の目で彼に告げるくらいである。次回では活躍する事がわかってるから良いんだけれど…。

第五回

　一度は恐怖に負け掛けた陳真だったが、霍元甲に『形に囚われるな、全てを捨て去れ』と諭され、漸く吹っ切れて勝負の場に臨んだ。彼が負ければ自分の命のみならず、精武門其の物が無くなってしまう。彼は負ける訳には行かないのだ。
　闘いは一時は前と同じ展開を見せるが、仲間たちの声援の中、彼は霍元甲の教えを思い出し反撃に出る。そして、今度吹っ飛ばされたのはムエタイ男其の人だった。こうして精武門の権利書は取り戻され、陳真は精武門の門下生に漸く心から迎えられる事になった。しかし、陳真の存在は一人の男の心に圧力を掛ける事となっていった。少しずつではあるが重くそれは圧し掛かる。云うまでもなく大師兄である。彼は同僚の不良警官に『何が大師兄だ。お前よりも陳真の方が強いんじゃないのか？』と厭味を言われ、不快の度合いが益々強くなってくる。しかし、精武門の規律では同門の私闘は禁じられている。つまり、彼と陳真の間に腕の優劣を決める手立てはないと言う事である。そんな時、彼は武術大会が開かれる事を知り、これは又とない機会とばかりに霍元甲に大会への参加を申し出る。
　其の頃、相変わらず陳真一個人への恨みを晴らす為だけに暗躍する我らが蔡學富・金虎達は、梁蝦を大会に金虎堂の弟子として参加させ、陳真にぶつけようと企んでいた。梁蝦にしても陳真と自分の腕の優劣をはっきりしたいと常々考えていたので快諾した。後は精武門が出場するだけ…所がである。霍元甲にとってはこんな大会にさして意味があるわけではない。それに加えて蔡金虎達の思惑に感付いた彼は参加しないと弟子達に告げる。これを知った蔡金虎は激怒するが、蔡老板は霍元甲と蔡金虎との間を取り持とうと考え、和解を条件に霍元甲に参加を呼びかけた。流石に霍元甲も、和解を提示されたからには参加した方が良いと考え、結局参加する事にする。誰よりも喜んだのは大師兄である。これで自分の実力を知らしめる事が出来るのだ、当然である。
　陳真は考えた結果代表を決める一戦で、わざと紙一重で大師兄に勝ちを譲り、大会出場させる事にした。霍元甲もそれは見抜いていたが彼は何も言わなかった。霍元甲の目的は大師兄が大会で負けて目を覚まして欲しかったのである。だが、霍元甲の予想に反して彼は優勝してしまい、大師兄は天狗になるばかりであった。
　そんな時、日本武術を広めると言う目的で日本人空手家・石井弘（洗浩英）とその弟で由美の婚約者・英明（林志豪）がやってきた…

　大師兄が最も幸せなお話。焦りから陳真への対抗心を募らせてゆく演技は非常に良い。少なくとも芝居のレベルでは甄子丹より遙に上である。彼の演技はその目にある。兎に角、感情の起伏が目を見ればすぐ判る。性格俳優として彼は亞洲電視で紹介されているがさもありなん。アクションシーンも今回は陳真を完全に押さえて主役状態である。彼の優勝した直後の歓喜の表情がまた良し。無邪気其の物で他人（霍元甲・陳真）の心配も何のそのであった。…其れゆえに次の巻での凋落が悲しい。
　陳真自体は今回、アクションは冒頭部分のみ。由美との掛け合いが何とも天真で微笑ましいが微妙に話が食い違ってるのも民族性の違いが出ていて「らしくて」良い。『結婚てのは一番好きな人とするもんだよ』と彼は言うのだが、由美にとってはそんな簡単な事ではないのだ。そうなると…由美の母親と武田がどうやって結婚したのか謎である。全編を通じて一番悲惨なのはこの人なのであるが、別段現地の人間に強大なコネがあるわけでなし、政略結婚というにも権力のけの字もない。では妾か何かかと言うとやはり違うし。謎だ。
　石井兄弟の出現で以降の物語が方向付けられて行く訳だが、やはり彼らの言ってることはどう聞こうが建前とは云え（英明はどうも天然の様だが）、正論である。空手道場を立てたものの中国人が入門しない事への理由もちゃんと判ってるし、それに対しての戦略もご尤もである。日本語版『精武門』を見た私の友人も皆『彼らの言い分は正しい』と口を揃えていた。少なくとも物語を観てる限り、中国人の方がずっと暴力的だものなぁ。

第六回

　日本からやってきた石井兄弟は武術大会を見学し、そこで大師兄劉と梁蝦の決勝戦を目の当たりにして『こんなものか』と言い捨てて席を立つ。彼らにとって中国武術など敵には見えなかったのである。彼らは確信を得て門弟の募集活動を行うが、中国人が入門してこないばかりか、却って御馴染みの蔡金虎達各門派の殴り込みを受ける事になる。しかし、我等が石井弘が負ける筈が無く、次々に彼等の天狗の鼻をへし折ったのだった。弟子は行かせても自分の面子に拘り自分からは決して試合に臨もうとしない頭目達に弘は怒り、『貴様等は臆病者の集団か!?』と叫ぶ。そんな彼の心からの叫びに対し、頭目達はその場にはいない霍元甲の名前を出し、『慢心するのは早いぞ！』と捨て台詞と共に虹口道場を去るのだった。
　どうやら彼らが上海で認められるには、霍元甲と試合し勝たねばならないらしいと悟った石井兄弟は精武門を訪れる。しかし、霍元甲本人は留守にしており、其処にいた大師兄が彼の挑戦を受けて立った。劉を簡単に後退させる弘。しかし、観かねた陳真が飛び出し、弘の前に立ちはだかる。弘は大会優勝者である劉よりも陳真の方が高手である事を見抜き、漸く本気を出せる相手が出たかと喜ぶ。丁度其処に現れた霍元甲は闘おうとする二人を押し止め、石井兄弟を（最高級の龍井茶を出して）接待し、中国における武術に天下無敵と言う物は無い、従って腕比べに拘る事は無いと説明する。英明は彼の実力を試して彼が有言実行の士である事に敬服し、納得の行かなさそうな兄を制しその場は退く。流石は大人だ霍元甲。
　だが面白くないのは大師兄である。彼は石井兄弟に他の弟子達のいる前で陳真よりも腕が劣ると言われてしまったのだ。
　其れ以後毎夜彼の夢の中に石井兄弟の台詞が巡る事となり、ついに耐えきれなくなった大師兄は精武門の規律を破る事を覚悟の上で陳真に戦いを挑んだ。彼の心の暗黒に危惧を抱いた霍元甲は仕方無しに『遺恨なし』の条件で陳真と劉の試合を許す。陳真は劉振聲を倒す事に躊躇いを見せるが霍元甲は陳真に無言で許可を与え、完膚なきまで彼を叩きのめした。
　こうして自分の力量を知った劉は『もう私には彼らの大師兄である資格もないし、ここに留まる事も出来ません』と精武門を出る事をその夜申し出るのだった。霍元甲は『面子の為だけにそんな事を言うものではない』と諭すが劉の決心を変える事は出来ず、結局その日の朝大師兄は上海を立った。彼を見送る事にした陳真は『貴方はそれでも俺の大師兄です』と言い、其れに救われたかのように表情を和らげた劉は『何時の日か、又ここに来てお前に挑戦する。…師父達を頼む』と告げ一人で去るのだった。
　その頃、日本は徐々に上海に進出し始め、霍元甲達愛国者の危惧する状況になり始めていた。そんな中で『中国鋼鐵廠』を立ち上げたノン・ジンシェンに対し、武田は何らかの手を取るよう蔡老板に持ちかけていた…

　今回、今までの鬱屈がここで完全に噴出してしまう劉振聲はドラマパートで大活躍（陳真にやられるだけとはいえアクションもあり）。彼が霍元甲に叱られて泣きそうな目をしながらも『私は大会にも優勝し、自分の腕が最高だと思いました。ですが、皆は陳真の方が腕が上だと言います。では、私の本当の実力は何なのでしょうか。私は自分で陳真とどちらが上か納得が行きたいだけなのです。師父、私は今度は自分が間違っているとは思いません！』とやり返したり（其の後走り去るけれど）、由美を英明に取られてブルーになってる陳真を更に落ち込ませるかのごとく彼の帰りを一人待ってこの台詞のやりとり。この時、劉振聲の存在に気付きぎくりとする陳真の態度が真に迫ってて笑える。

『大師兄…未だ寝てなかったんですか』

『何時も眠れないんだ。悪夢のせいでな。あの日本人の言葉が毎夜頭に響くんだ…お前の武術が私よりも上だとな！』

『俺達は同門兄弟弟子でしょう？』

『お前も判るだろう!?（トロフィーを指して）本当に最高でなければこんな物意味はない！』

　陳真に負け、同門の人間が心配して駆け寄った時も『私には大師兄たる資格なんてない！』と（多分泣きながら）走り去ってしまう。ここで『多分泣きながら』と思わせる演出が彼の精神的弱さを上手く象徴していて良い。霍元甲に別れを告げる時に面子の事に拘るなと言われ、『師父のおっしゃっる通りです。…ですが…私には出来ません…！』とこれまた泣きそうな調子で言うのも良い。彼ほど表情豊かな役者はそうはいない。精武門で最も演技が上手いのは絶対彼だと私は信じている。
　その他。英明君が実に良い人振りを発揮する。礼儀正しいし偏見無く素直に相手を尊敬するし、自分の上海見物の手伝いを途中でほったらかしにして陳真探しに行っちゃった由美を雨の中ずっとその場で待つ所など実にいじらしい。
　しかし今回一番のお気に入りは梁蝦と綺翹が酔っ払いながら夜道を帰る場面である。彼らの会話の内容が切なくて心に響く。蔡老板の愛人でありながら直向で純粋な陳真に惹かれる綺翹と、綺翹に惹かれながらも蔡老板の部下である立場から逃れられないし逃れる気も無い梁蝦の掛け合いはどうしようもなくもの悲しい。そりゃ酔いたくもなるわな。…あれ、中国人てあんな酒の飲み方しなかったんじゃなかったっけか。
　其の次の日陳真と一緒に飯を食ってるが何とも複雑な思いから食が進まない。一方でデリカシーの無い田舎者陳真の飯をがっつく様が楽しい。『綺翹さんはお前の事を想ってんだよ』『そんな訳有るかい。好きだったら好きだってお前も言えば良いのに』…彼の立場考えてやってんのか陳真？
　あと、今回原哲男カバ…じゃなかった武田氏が面白い。蔡老板に港を使用させてくれるよう折衝に来た武田は綺翹に踊りましょうか？とからかわれて目を白黒させるのだがこれが楽しい。其のせいで蔡老板が焼き餅焼いて梁蝦に帰らせる様命令し、前述の場面に繋がるのだ。また彼が前回の疑念に答えるべく武田幸雄が奥さんとが恋愛結婚らしい事を仄めかすシーン有り。

第七回

　梁蝦は酔った綺翹に誘惑されるが、蔡老板への道義から彼女に手を出せない。しかし、我慢も限界に来た…そこに蔡老板がやってきて全てはぶち壊しに。彼は老板にモーゼルの銃口を口に突っ込まれ、『綺翹を好きなのか、ああ？』と問われ、思わず頷いてしまう。流石の蔡老板も死を覚悟した上での彼の心意気に打たれ、梁蝦は追い出されるだけで済んだのだった。
　綺翹は蔡老板の愛人と言う現実と陳真への想いの板挟みに耐えきれず老板に『殺してください』とすがる。しかし、今まで彼女に対して出来る限りの事をしていた蔡老板にそんな事出来る訳もなく、『お前にどれだけ尽くしてきたか。だがお前には何もなかったと言うのか…』と涙を流す。その姿を見て彼女も考えを改め、『これからも貴方について行きます』と告げる。しかし、彼女の心に刺さった刺は決して抜けてはいなかった。
　首にされた梁蝦は陳真に『俺は彼女の傍に居られるだけで良かったんだ…』とぼやく。そんな彼に陳真は精武門に来ないかと言うが、梁蝦は『俺が行ったら迷惑になるだけだ』と断る。
　一方、霍元甲は御馴染みのメンバー相手に日本人陰謀説を説くが蔡金虎達は取り合わない。そこに武術総会の馬偉筌（徐二牛）がやって来る。
『中国人が中国人を助けずして如何にする！』と叫ぶ馬偉筌の言葉に打たれた蔡金虎と蔡學富以外は再び立ちかけた席に戻る。馬偉筌、彼こそはノン、霍元甲と共に日々目立ってきた日本の台頭に立ち向かおうとする愛国の士であった。彼の優れた人間性は蔡老板をしても其の心を曲げる事は出来ず、武田はついに蔡老板に頼らず自分の子飼いの暗殺者・剛本を使う事を決意、陳真の奮闘空しく馬偉筌は殺害される。
　「一体誰が…」いぶかしむ武術各派。しかし、陳真は僅かな手掛りから馬偉筌殺害の犯人が日本人・剛本である事に気付く。しかし、其の頃には誰が殺したのかと疑心暗鬼に陥った武術各派は互いに傷付け合っていたのである…

　大師兄はここより数巻は出てこない…
　この巻での馬偉筌殺しのシーンは日本語精武門上巻でも収録されているので有名であろう。よって其の辺りの事は省略させてもらい、其の他の見所を。
　今回は梁蝦のドラマパートが面白い。綺翹との一件から幇会を首になった梁蝦は苦力となって再出発を図るが、それでも夜には彼女が現れる『大世界夜総会』に、其の姿を求めてやってきてしまう。しかし其の結果、蔡學富に見つかった彼は両の手を潰されてしまうのだ。陳真が引き止めても、梁蝦にとって陳真は親友であると同時に三角関係（四角？）の一辺でもある為、素直に其の言葉に従えない。彼は『お前は何も判っちゃいない』とぼやく様には同情を禁じえない。陳真って、自分の興味事以外にはいまいち気が利かないからなあ。
　英明も出番が少ない割にナイスな役割を演じている。折角由美がプロポーズ受ける気になったのに、英明は彼女の心にまだ陳真が居る事から、それを所用があるからと言い訳を付けてやんわりと断る。この辺りの件を見ていると英明の方が絶対良いぞと確信させる物がある。普通寝言で別の男の名前を呼ばれたら引くって絶対。
　冷静に日本人の側に立ってこのドラマを見ていると『一体日本人の何処が悪いんだ？』と考えずにはおれなくなってくる（勿論、武田を始めとする黑龍會のやり口其の物は悪其の物であるものの）が、それは英明らの言葉が我々にとって充分共感するに値するものがあるからだろう。英明の台詞が中国人にとってどのように受け取られているのかは不明だが…
　あと、どうしても気になるのが、ノンさん、あんた日本人は駄目で米人はいいって、そんな愛国心は欧米人コンプレックスからくる日本人差別ではないのか？との疑念が頭をよぎる。そもそも中国を食い物にしたのは欧米列強ではなかったか。どうもこの辺のバランス感覚がなってないよなあ、このドラマ（特に英国人への態度は赤面ものである…あ、当時の香港はまだ英国領だった）。シンシア・ラスロックは冒頭で四師姐・馬小清にしばかれてたけれど。

第八回

　剛本を誘い出し、武術総会にまで連れて来る事に成功した陳真。しかし、剛本は自分が日本領事館の副官である事を楯にして（こんな副官いねえよという声はあるが）官憲の手に掛かる事も無く、高笑いしながら去って行くのだった。官憲が当てにならぬ以上、最早自分が行くしかないと決意した霍元甲は単身日本領事館に乗り込み、陳真らの助けもあり剛本を捕まえる事に成功した。
　武田達日本側は領事館に不法侵入し暴れた霍元甲達精武門の連中を完全に封殺する様官憲に要請するが、国民党の圧力が働き彼らは結局無罪放免、剛本は殺人犯として処罰される事となった。其の一方、武田達は憤懣やる方ない。彼らにして見れば、幾等自分たちに非があるとはいえ、全く法が働いていない事、即ち中国特有の人治社会体制をまざまざと見せ付けられた事になる。挙句に輸出ご法度の中国骨董の密輸が蔡老板に知れて港の使用もご破算になったばかりか、蔡老板本人が霍元甲らナショナリストと協力し、日本企業へのテロ活動まで始める始末だった。
　そんな時である。ついに日本軍部の秘密結社・黑龍會が上海での活動を本格的に行うとの辞令が下ったのは。武田を始め、石井弘もまた、この秘密結社の一員であり、虹口道場は大陸侵略の為の前線秘密基地と化した。が、あくまでも空手道の振興を第一に考える英明は兄の関与する黑龍會の政治的陰謀に反発し、自らは虹口道場を出ると兄に向かって言い放つのだった…

　この話も其の殆どが日本語版精武門に収録されている。が、其れ以外の部分では大中華主義が炸裂する一遍。確かに陳真達にとっては都合のよい展開であるが、何かあると『中国人は中国人を助けるのが当たり前だ』とやらかす霍元甲達に疑念が湧かないでもない。武田達が法治主義を取るのに対して中国人は人治主義を取る。官憲達は自分達の職務があるから法に忠実であろうとするがそんな理が彼ら偏狭なナショナリストに通用する事はない。却って裏切り者扱いされるのがオチである…ってそれはとんでもない話である。蔡老板の指示の下、次々に焼かれて行く日本企業を見ていると悲しいやら怒りが込上げるやら。こうなると話し合い以前の問題で、秩序維持の為に何らかの手を講じるしかないのはどこでも同じだろう。只、この物語においては武田らのほうに非があるだけに素直に見るべきなのかもしれない。陳真自体は霍元甲やノン程民族主義に偏らない（由美が居るせいもある）が、其の分、蔡老板達の過激な行動が余計に浮いて見える。特にノンの考えは上海から日本人を追い出す為ならばどんな手段も許されていると考えている様にしか筆者には思えず、慄然とさせられる。
　日本語版では蔡老板達が日本の非道に耐えかねて愛国運動を行うような印象に見えるが、本編を見ていると果たして非道を働いているのはどちらなのだろうかと問いたくなる。
　今回なんと言っても、英明がむちゃくちゃカッコイイ。あくまでも由美の事を想うが故に彼女との婚約を破棄し、彼女が陳真とデートする事すら助ける。そして空手道を中国で広めるというたった一つの理想の実現の為に、政治運動（秘密活動）に加わる兄・弘と真っ向から対立する彼の直向さは実にナイスである。

其の２に続く