劍嘯江湖

劍嘯江湖　The Swordsman（第二部）

萬黑旗（呉廷燁飾）

　柳生一劍が燕北飛に敗れてから十数年が経過した後、孤鴻の青年期を描いたのが劍嘯江湖の第二部である。亞洲の解説によると本作品は都合二度も放送時間を変更しており、当初夕方だったのがどんどん遅くなって行ったというその経過を筆者は目にしている。この三部構成は放送時間の変更に合わせてのものではなく、若き日の柳生一劍が活躍する第一部、劉松仁演ずる孤鴻（白雲）の青年期を第二部、金髪柳生一劍が活躍するのが第三部と筆者が勝手に決定した物である事を申しおく。

第五～七話（簡装版第三・四話前半）

　燕北飛との約束を果たすべく幼い孤鴻を武当山に連れ帰ろうとする蒼松だったが、あの惨劇の日、最初に父を刺した彼を孤鴻が許す筈も無く、孤鴻は自らその身を崖から海に投じるのだった。蒼松は武当山に戻り、正式に掌門の位を得る為の儀式を行おうとするが、ふとした事から蒼璧の日記を発見し、愕然とする。そこには、蒼璧が蒼松の出自が盗賊の出である事から、何か彼が事を起こせば、武当派の掟に従い誅するようにと記してあったのである。自分の信じた者（武当を始めとする正派、蒼璧）に悉く裏切られ、また信ずるべき友（燕北飛）を裏切った良心の呵責に彼は武当派掌門を退き、権謀術数とは縁の無い、実直で正義感のある蒼木（楊嘉諾）にその座を譲る。再び江湖の世界に身を置き、秦百川と名を戻した彼は、門派幇会の争いを無くし無辜の人々を救おうと幇会『七星樓』を率いて江湖の統一を目指して戦いを始めた。だが、その影には彼の前妻の娘・莫愁（蔡暁儀）の悲劇があった。秦百川は出家し武当派に入門する時に妻と子を棄てて来たのである。再び相見えた父と娘の間にはどうしようもない程の隔壁が築かれていた。
　一方、海に飛び込んだ孤鴻は白雲（劉松仁）と名乗り浮浪者同然の生活を続けていたが、辛暁月と云う少女と出会い彼女とその弟分と行動を共にする様になる。弾みで人を殺してしまった彼らは生きる為にどんな手段もいとわぬ道を選び、流氓の群れと化して十数年が過ぎ去った。余りに敵を作り過ぎた彼らは辛暁月（麥景[女亭]）の身体を売る事で風流坊と云う遊郭に潜り込むが、彼女を凌辱された事から遊郭の主人をも殺害、風流坊を乗っ取り、初めて手に入れたまともな生活を維持する為に辛暁月は遊郭の主人、白雲ら四人は暗殺者として暮らす事となった。四人の内、一人は帰らず、一人は両手を失うと言う状態の中、秦百川への復讐を悲願に腕を磨く白雲は、暗殺現場を莫愁に見付かり、一度は手に掛けようとするが彼女の死んだような瞳に殺害する気力を無くし結局命を助ける事にした。辛暁月はそれが気に入らず、白雲に何だかんだと云うが、莫愁に亡き母の面影を見た彼はそれを退けてしまう。弟分達への彼女の処遇の悪さもあり、辛暁月の元から離れようと考え始める…

　劉松仁演ずる十代どころか二十代にすら全く見えない青年期が開始。何年経ったのかは今の所不明だが、彼らの面だけ見ていると三十年は経ったのか、と笑わせてくれる。簡装版では見事に第七話の存在が吹き飛んでいたが…まあ、筋書きの流れからでは大丈夫だろう。『世の中で信じられる女性は母親のみ』と辛暁月（彼女も女だが）にのたまう白雲のマザコン振りが中々イカしていた。
　にしても、強烈なのは辛暁月その人である。幼い頃からずっと傍にいるのに（いるせいで）幼馴染か妹くらいにしか考えていない白雲を犯そうとしたり、白雲が初めて異性に興味を持っただけでその女性（莫愁）とその息子を毒殺しようとしたり、しかも、自分の事は棚上げする身勝手と来ている。日本人には今一つ理解の範疇を超えた存在である。尤も、そんな女に付き纏われるのは真っ平だと白雲も腹に据えかねて出て行く気になる訳だが…『貧乏でも俺達は家族の様に仲良くやってきた。だが、今では…』白雲のこの台詞が全てを語っている。
　秦百川が蒼木に掌門の位を譲る件も中々良い。蒼木に規律と良心、どちらを取る？と問いかけて蒼木が『良心に背けばそれは規律を破る事と変わりません』と答えた事で秦百川は新たな選択肢を得た。嘗て自分に反対した蒼山、蒼丘の兄弟子二人が、自分の蒼木に掌門の座を明渡す事の障害となるだろうと見て即座に二人を始末し、驚く蒼木に『武当派が名を上げればそれだけ挑戦を受け、要らぬ諍いに巻き込まれるが、その逆もまた然り』と告げて一人去って行く彼が、僅か三年で江南地域を平定し、江湖世界を統一せんとする幇会・七星樓（北極星が天の中心で動かぬ事から江湖の不動の中心となる事を願って名付けた）を組織するとは思いも拠らなかった…。カッコ良過ぎる。

第八～十話（簡装版第四話後半・五話）

　莫愁が他の男を次々と誘惑している事に当初衝撃を受けた白雲だったが、彼女の息子への自愛溢れる態度と悪女毒婦としての態度の落差に違和感を覚えて何か原因があるのではと、内心忸怩たる思いを持ちながらも調査を始める。
　そんな中で白雲は、「酒場で小阮（嫁）に家の中で堂々と浮気されているにも関わらず、その浮気相手・屠彪が地元の顔役であるが故に手が出ない」と自分同様酒に溺れる一人の青年、陸晴（湯國明）と出会う。白雲はそんな女、浮気相手共々始末すれば良いと忠告するが、陸晴は「それでも俺は彼女を愛してるんだァ」と管を巻くばかりだった。術が無くなった陸晴は七星樓に助けを求め、程無くして七星樓から楚江南（甄志強）が派遣された。江南は彼を脅して小阮を殺させ、怒り悲しむ陸晴に、お家の為であり、又それは樓主の命でもあったと平然と語る。
　腹の煮え繰り返る屠彪は、江北一帯に力を持つ七星樓と対立関係にある幇会・九旗堂の堂主であり義兄の萬黑旗（呉廷燁）に助けを求めた。萬黑旗は七星樓への先制攻撃として江南の捕縛を画策するが白雲の乱入で計画は失敗に終わり、陸晴ただ一人を捕らえるだけに留まった。計画の失敗を嫌った萬黑旗は町に包囲網を敷いて江南の脱出を防ごうとするが、江南は萬黑旗の仲間で少々粗忽者の瑞木俊（余俊峰）を捉えて人質交換を行いまんまと脱出に成功するのだった。
　江南から事態の経過を聞いた秦百川は、九旗堂を平らげ江北制覇への作戦を練るが、その最中に彼は嘗ての友人である呉堂主（呉廷）の弟・呉鉤（洗浩英）が発狂して無差別殺人を続けている事を知る。血気盛んな秦百川の息子、秦汨（尹天照）はそれを聞いて早速向かうが…

　簡装版第五話で第二部のメインキャラクターが粗出揃う。初登場時から女性と風呂に入っている萬黑旗、七星樓の情報網を巧みに使いこなし、樓主の為にどんな任務も厭わぬ一方で玩具を愛する楚江南、朗らかに『首を取ってきた』と報告して父親に渋い顔をされる秦汨（日本語読みは「しんみゃく」だろう）、妻を殺されて以来殺人狂となった呉鉤（更に萬黑旗の使い走りもとい部下・紫堂主には杜ｼ文澤）…御馴染の俳優が次々出てきて『こんにちは』状態である。特に、遊郭「風流坊」の風呂場でねーちゃんを侍らせ優雅に酒を嗜みつつ陰謀を企む萬黑旗の悪役度は非常に高くて視聴者の笑いを誘う。例によって例の如く、呉廷燁の演ずるキャラクターのツボをちゃんと突いている辺りが『またか』と思わせつつ微笑ましい。今回見た分では主役であるにも関わらず白雲の活躍の場は殆ど無く、代りに楚江南の出番の多い事多い事。登場当初、七星樓の情報網は凄いと思わせつつ、屠彪の義兄が萬黑旗であるという重大情報が抜けている辺りも笑わせてくれる。九旗堂の人間が殴り込んで来たのを見て『こんなのは聞いてないぞ』と云いたげな顔が又良し。秦汨は今回見た限りでは只のお坊ちゃんで未だその本領が発揮されていない様だ。次回以降のドラマパートに期待。
　今回のキャラクターで最もインパクトがあったのは何と言っても呉鉤である。長髪なだけでもインパクトが有るのにその武器がフレディ紛いの鉄の爪！酒場で大人しくしている最中に踊り子の一人が痴漢に襲われ、『助けて！助けて!!』と叫ぶ声に反応し、『これはひょっとして久々にいいもんキャラか？』と視聴者に思わせておいて、踊り子も惨殺と云う物凄さ（筆者は思わず『何ィ～？』と声を上げてしまった）。彼の発狂（実は正気で八つ当りしていたと言うとんでもなさ）の原因が兄の呉堂主であると言うのもその異常さに輪を掛けている。それ故に彼は『誰も俺を殺す事は出来ないのか！』と悲しげに叫びつつも殺人を繰り返すのである。結局秦百川に追い詰められた呉堂主は自害するのだがこの後、呉鉤がどの様になるのか、興味深い。まさかこれだけヘンなキャラクターを二三話で退場させるなどと云う事も無いだろうが…

第十一～十二話（簡装版第六話）

　辛暁月は白雲に想いを告げたものの、白雲本人は彼女の事を妹くらいにしか思っておらずその想いは空回りし続けていた。そんな折、彼女は謎の人物に遊郭・風流坊を壊すと脅され、一万両銀で秦百川の暗殺を請け負う事になる。自分の築いた一切が無に帰す事を怖れた辛暁月は止むを得ず白雲に暗殺の期日を九十日として命令した。白雲はこの命令を最後に殺し屋稼業から足を洗うと言う条件でこの任務を請け負う。
　一方、七星樓の面々は秦百川の還暦の祝いを前にして、贈り物を届けてくる人間の応対などに追われていた。そんな中で、秦百川は『正義を見せてくだされ』と謝伯（陳東）にある趙兄弟の始末を懇願される。その兄弟に自分の娘が凌辱され、その悲嘆の余り娘が自殺してしまったというのである。秦百川は秦汨にこの件の解決を命令する。人間データブック・楚江南にその兄弟は剣の使い手として名を馳せており、一筋縄では行かぬ手合いであると知らされた秦汨は、巧い方法はないかと思案中にその兄弟が用心棒として雇われている温家の娘・艷容（黄美芬）を見掛けた。その我侭さに憤りを覚えた彼は、艷容に点穴を施し、酔わせて正体を無くした兄弟二人に強姦させて温家の人々に見せ、家人に袋叩きに遭う様仕向けたのだった。得意げに首尾を語る秦汨に百川は心を痛め、懲罰の意味も含めて艷容と秦汨の婚礼を還暦祝いの当日に突然発表し、秦汨は驚愕の内に彼女と夫婦となる事になってしまった。『お前がした事は確かに正義だが、その為に一人の無辜の女性が犠牲になったのだ。お前は一生彼女の面倒を看なければならぬ。是もまた正義だ』と冷然と告げる百川に、彼は何の反論も出来なかった。
　そして、十九年振りに白雲＝孤鴻と秦百川＝蒼松は邂逅を果たす。彼らの間にあるのは果たして敵意と後悔だけなのだろうか…

　期待通り？今回は尹天照演じる秦汨が大活躍（その代わりに萬黑旗が全く出番無し…）である。父の賞賛を得んが為に色々手を尽くす健気な息子、しかしその手法に問題があり父には誉められない…って、これ、『精武門』の蔡學富まんまではないか。違うのは、蔡學富が非常に邪悪な性格であるのに対して秦汨の場合はちゃんとその目的が正義である事である。しかし、その手法がえげつない事には何ら変わりがなく、作戦実行中浮かんだ彼の口を歪ませた邪悪な微笑は彼の今後の先行きを予感させてくれるものがある。突如結婚話が持ち上がり、しかも式が当日行われる事を知った秦汨が狼狽し、更に新婦が件の艷容と来ては（本編の登場人物達によると「夜叉の子供」と形容されるほどの凄い面相なのだが、実際の映像では左頬に赤い痣がある程度である。何だか却って可哀想だ）正に予感的中と言った所である。簡装版では省略されていたが、結婚初夜のエピソードも少しだけあってそこで半ば泣きそうな顔で艷容を拒絶する様が楽しかった。それにしても、秦百川の実の息子とて全く容赦が無い態度には恐れ入る。過去の正派の面々を反面教師としただけの事はある（尤もそんなだから楚江南曰く「友も多いが敵はそれよりも更に多い」となるのだろうが）。
　カットされたエピソードとしては、辛暁月始め白雲の兄弟分らの話が粗完全に切られてしまっていた。確かに全体として見れば物語本編に影響を及ぼす要素は少ないのだが…簡装版の六話、百川の還暦祝いの席で思わせ振りな登場をしつつ出番が全く無いと言う『日本語版精武門』での呉廷燁そのものの扱いを受けている韓灰（宗揚）について。彼は度重なる任務の最中、殺し屋としての能力を失ってしまった白雲の兄弟分の一人である。白雲と仲が良く、自分の想いを寄せる辛暁月の想い人である事を知ってからも、その兄弟分としての情を取った男気溢れるキャラクターで、『我和彊屍有個約會』の時よりもちょっと太ってる印象がある宗揚が良く演じている。還暦祝いの会場に現れたのは、白雲をサポートする為。
　後、本編で気になったのは莫愁と白雲のメリーゴーランド・キス。とっても生々しくって赤面ものである。こんなの良くゴールデンタイムに流してたな。

第十三～十六話（簡装版第七・八話）

　莫愁は仮面を被った悪漢に凌辱され、初陽を身篭ってから男性を信じられなくなったが、それでも男性を求めてしまう。何故ならば、彼女は未だに付き纏う怪人から逃れ様としていたからである。今までの男性は次々と怪人の手に掛かり、彼女の傍には誰も長い間留まる事が出来なかった。だが白雲がその怪人を怯ませ、莫愁は己自身の手で怪人を殺す。
　秦百川は、江北の威揚鋲局の主、杜十三の依頼を受けて九色旗総堂主・瑞木旗（羅烈）の小間使い小蘋と息子・子清の縁談を進める為に楚江南を派遣する。この縁談が進めば九色旗と言えど、おいそれと敵対行動をとらぬだろうと言う秦百川の判断からだった。敵地にも関わらず泰然自若とする楚江南に瑞木旗は表面上は同意するが、楚江南の取った示威行動（瑞木旗の息子・瑞木俊（余俊峰）の片眉を眠っている間に部下に剃らせた）が彼に危機感を募らせ、杜十三達は婚礼の儀式の最中に襲われて皆殺しにされてしまう。更に瑞木旗は萬黑旗を使って莫愁を攫おうとするが白雲の活躍で阻止される。彼女の身を案じた白雲は莫愁を七星樓に送り届け、止める彼女の声も聞かず出て行くのだった。
　秦汨は醜い妻、艷容を省みる事無く、父に（状況の悪化に伴い）外出するなと言われたにも関わらず浮気を続けていたが、浮気相手の女・如風に裏切られてしまい、あわや殺される寸前まで追い詰められてしまう。済んでの所を謎の仮面の男に救われるが、彼の傷は深く、数日間身動きが取れなくなってしまった。献身的な艷容の介護の甲斐あって回復した秦汨はその人物が死んだと思われていた呉鉤だと知ったが、その時には彼は裏切り者の内通によって九色旗への潜入工作を見破られ、瑞木旗の手に掛かった後だった。果たして裏切りものは誰なのか…
　白雲は自分の代りに韓灰が秦百川暗殺に動き、失敗した事（呉鉤に倒された）を知り再び七星樓に現れる。友を失い風流坊も潰れて守るべき物を失った白雲は、秦百川の勧めに従い七星樓に留まる。自分の安全の事もあるが、何よりも莫愁の為に。

　萬黑旗、中々『話の判る』男である事が判る。元々彼と杜十三は飲み友達で竹葉青（酒）と引き換えに小蘋と子清の縁談を進めようとしたのだが、瑞木旗が全く取り合わない為に杜十三は七星樓に掛け込んだのである。九色旗での己の勢力を高めようと色々手を尽くす野心家で、策謀を巡らせる陰険な人間でありながら、その一方では友人を大切にする部分も持ち合わせている。楚江南を見て彼を擁する七星樓に対して興味を持ったり、意外と人間味のある人物の様である。秦汨が別の女を家に引っ張り込んだりしてイジワルの限りも尽くすものの、後に自分に対して幾日も殆ど寝ずに看病してくれた彼女に対して徐々に心を開いて行く辺りも、結構お気に入り。
　今回の見所は何と言っても呉鉤と（殆どカットされたが）韓灰である。呉鉤は秦百川に『死ぬ事は誰だって出来るが、自分と正面から向き合って生きる事が出来るのは本当に勇敢な人間だけだ』と諭され、彼の為に生きる事を決意する。もう一方、韓灰は二年前に呉鉤と闘い、右手と両足を砕かれて廃人同様になりながらも必死の訓練で復活を果たした（彼は殺人を行うと自己嫌悪から眠れなくなる為に辛暁月には廃人と偽り続けていた）。二人とも譲れない物があるから、互いに必死必勝で勝負に臨むのが良く判る。この緊張感が最高に達した、二人の決闘の前のやり取りが実に良い。決闘シーンも非常に派手でナイス。
　韓『俺が負ければ俺の友が死ぬ。だから俺は必ず勝つ！』
　呉『俺にそうした人間がいなければお前が勝っていただろう…だが、俺にも守るべき友がいる…！』
　それにしても…洗浩英って長髪にすると一気にハンサム度が上がるなあ。

第十七～十九話（簡装版第九・十話前半）

　裏切り者を探し出すべく秦百川は林邦（關偉倫）に命じて内部調査を開始した。七星樓に呉鉤がいた事を知っていた人間は幹部でもごく僅かしかいない。自ずと調査対象は絞られていた。林邦と喬春甫は楚江南が瑞木旗と同時期に江北に滞在していた事から彼を怪しみ、決め手と思われる鳩を放った事で秦百川も彼を謀殺する事に同意した。だが楚江南は無実であり、裏切り者は内部調査をしていた林邦本人だった。彼が予め自分が楚江南よりも立場が上の事を利用して彼の妻・穆秋霜の飼っている鳩をくれとせがみ、秋霜が（鳩が食われてしまう事で）悲しむ事を嫌った楚江南が鳩を逃がす瞬間を利用したのである。林邦はあまつさえ秋霜の口から真相が知れるのを怖れ、口封じに出た。全てを知って泣き崩れる楚江南を他所に、秦百川は林邦が呉鉤の存在を知らなかった事から裏切り者がまだ存在する事に不安を覚えていた。　それと時をほぼ同じくして、依頼者の手に辛暁月が掛かったと勘違いして焦った白雲は莫愁に毒を盛ってまで秦百川を殺す最後の機会に賭けたが、出汁に使った莫愁の息子初陽の声に剣先が鈍り、秦百川を殺す最大最後の機会を失ってしまった。捉えられた白雲は最早死を待つ身となったが、莫愁の嘆願もあり秦百川は彼を秘密裏に七星樓から脱出させた。が、もう白雲にとって兄弟家族と呼べる人間は一人もおらず、心の拠り所だった莫愁を自分自身が裏切ってしまった。絶望した彼は自暴自棄になり餓死を待つ事にしたがそこに莫愁が現れ彼を介抱した。彼女を裏切った白雲は『自分には彼女を受け入れる事は出来ない』と莫愁を拒絶するが、異母姉の事を誰よりも気に掛けている秦汨が彼を殴り付け正気を取り戻させた。
　自分の為に死のうとする莫愁を見て白雲は彼女の為に生きようと決心し、秦汨は姉の幸せそうな様子を見て羨ましいと思う…

　今回の話の軸は裏切り者の内部調査に伴う疑心暗鬼である。楚江南が何も知らぬ彼が突如秦百川から『たった一人で瑞木旗を始末してこい』と命令を受け、理不尽さを感じつつも組織の為任務に赴こうとする件が私好みである。瑞木旗があの呉鉤をして歯が立たぬ程の腕の持ち主である事は江南にとっては余りに重い事実である。だから彼は出発前に妻に向かって『身体を大切にな』と云って出て行く。しかし皮肉な事に彼は任務が途中で解除され、喜んで帰った所に妻が凌辱されて殺されていた事を知る。余りにやりきれない…と言うかここまでやるか。この裏切り者の調査に関わる話の伏線が幾つもあり、それがなかなか明らかにならない辺りが話の流れに緊張感を与えている。
　秦汨が今回、中々熱い。異母姉を思うが故に白雲に嫉妬に近い感情を爆発させ『あんなに姉さんが想っているというのにッ！貴様は姉さんを捨てると言うのかッ！貴様なぞの為に姉さんは!!』と詰め寄ったり、仲直りした後遊ぶ白雲、莫愁親子の三人を見て切なげな視線をして夜空を見上げる彼の態度はとても前話まで見せたあの蔡學富的な意地悪な人間と同一人物とは到底思えない。この後、白雲に『羨ましいよ。俺は今まで色々な女と付き合ってきたが、姉さんみたいな全てを捧げてくれるような女にあった事は一度もない』と心情を吐露し、彼から『お前にもいるよ。只お前は気付いてないだけだ』と云われて初めて艷容がその女であった事に気付いて彼女に逢いに行くのだが、ここもお気に入り。この時、以前と一変した態度に艷容から『何処か具合でも悪いのですか？』と云われる件が爆笑ものである。　17～19話においては萬黑旗の出番はたった一ヵ所しかないのでこれといって書く事はない。残念。

第二十～二十二話（簡装版第十話後半・十一話）

　白雲は莫愁との生活を尊いものと考え直す事で、漸く秦百川への復讐の念も消す事ができ、秦百川に向かって『あんたを殺せば、あんたの背負ったその沢山の人達が困る事になる。それに…あんたはもう、父さんを裏切った蒼松道長じゃない』と告げて全てが終わった事を示した。その際、彼は辛暁月が別れ際に七星樓にまだ裏切り者が居る事をも告げた。その名は喬春甫、と。
　秦百川は七星樓結成時から自分の側近として仕えていた喬春甫がまさか…と思いつつも、全ての符丁が合う事で事実を認め、秦汨に抹殺命令を下した。秦汨は自分の実の叔父の様に慕っていた春甫を追い詰めるも肝心の所で情に負けて止めを刺さずに逃がす。だが、春甫は敢えてその身を秦百川の元に晒し、自ら果てたのだった。
　その頃、七星樓潰滅を画策する九色旗は、秦百川に対して心理戦を仕掛けるべく息子の秦汨をまず狙う事にした。艷容の実家である温家の人間を虐殺し、秦汨を誘き寄せたが捉まえられたのは艷容のみだった。萬黑旗は人質作戦で内部分裂を画策するが、百川の頭脳はそれを上回り、秦汨が本気で艷容を愛するようになった事が世間一般に知られていない事を利用し、秦汨を悪所通いさせ、且つ九色旗本部を襲わせんと部隊を集結させるというブラフで却って敵を混乱させる手に出た。
　しかし、ここで一つの誤算があった。艷容は自分が秦汨の子を身篭っている事を誰にも知らせていなかった為にその事が裏目に出たのである。あわやと言う所でその事に気付いた萬黑旗は瑞木旗と二人で、妻を救いに現れた秦汨を襲い、秦汨の両足と左手を砕き、廃人同様の身にしてしまったばかりか、艷容の身体に育っていた胎児も流産させてしまう。秦汨の運命や如何に…！

　萬黑旗の頭脳が冴えに冴える？二十二話。敵相手には情容赦ない作戦を連発するが、それ以外の人々に対しては多分いい人なんだろう…と思わせるちょっとした演出が良い。一度は秦百川の策に嵌って退き返すが、街中で妊婦が生魚の匂いに嘔吐しかけた様を見て事情を聞き、そこで初めて合点が行ったと得心の笑みを浮かべる場面である。この時、妊婦に対して、周りに手下が居るにも関わらず自分で聞くと云う行動をとる事で、何となく面倒見の良さそうな感じがするのである。
　今回も主役は秦汨。喬春甫の目前に現れて斬り掛かるシーンと、萬黑旗、瑞木旗に襲われた際の、相手に対して身体を真横にし、剣を真直ぐに地面を指す独特の立ちポーズが非常にカッコ良い。血気盛んであるが故に感情を抑える事が出来ない秦汨のキャラクター性とは全く逆の印象を抱かせる、そんなポーズである。艷容が囚われて後、その身柄と引き換えに七星樓の五百名の武装解除と云われてもそんな事が出来る訳はない。で、たった一人で彼女を助けに行こうとして秦百川に劉邦と項羽の故事を持ち出され、今は耐えるしかないと諭されても気が気でない…という件や、廃人と化した事を知って艷容や楚江南に『殺してくれ…！こんな身で生きて居たくはない！』と搾り出すかのようにうめく件、願掛けに懸命になる艷容に『もう君に心配を掛けさせない』と告げつつその目に何も映していない件など、見所も多い。特に廃人と化して後の彼の演技は真に迫る物がある。自分が廃人になった事で他人には迷惑しか掛からない、と絶望し…だが、それでも生きねばならないと云う秦汨の辛さが良く出ている。

第二十三～二十四話（簡装版第十二話）

　秦汨は己の今後を悲観し死を決意するが、只自殺したり、仲間に止めを刺して貰うのではなく、自らを囮として九色旗の注意を惹き付け、その間に七星樓の総力を以って大反撃を掛けるという起死回生の作戦を実行する。艷容に涙の別れを告げ、彼はたった一人で九色の一つ、紫旗堂に挑んだ。半身不随の秦汨は仕掛けを使って椅子に座ったままの姿勢で彼らの中に斬り掛かり、見事紫旗堂を潰滅状態に負い込み壮絶な死を遂げる。それと時を同じくして総攻撃を掛けた七星樓の手によって九色旗は深刻な打撃を受けた。秦汨の死は報われたのである。
　だが、大勝利と引き換えに秦百川の心は沈んでいた。唯一の跡取息子である秦汨の死の一端は、特攻作戦を許した彼にも重い影を落していたのである。彼は未来に繋ぐ展望を失ってしまったのだ。
　そんな折、楚江南が秦百川に身の回りの世話をさせるべく後添えに一人の少女を宛がった。少女の名は小蓮（楊恭如）と言い、身寄りのない彼女は献身的に秦百川に尽くすと云った。だが、その日の晩、いざ床入りと云う所で油断した秦百川に向かって狙いすました様に毒箭が放たれた。放ったのは楚江南その人だった。彼は秦百川に向かって『あんたはもう嘗ての秦百川ではない。只の人恋しい、寂しい老人さ』と言い放つ。楚江南は江湖制覇の野心を隠し続け、秦百川が心身ともに脆弱になった今、牙を向いたのである。彼は己の正体を隠すために林邦を使って己の嫁を殺し、白雲を欺き喬春甫を内奸と誤解させ彼を陥れた事を告げる…

　楚江南、やってくれました。余りにも見事な裏切りっぷりである。確かに、嫁さんが強姦されているその刹那、何者かの目がぎらりと光っていた。その眼差しの独特さから甄志強の眼である事は直ぐに判るのだが、次のシーンで彼は旅姿になっている、且つ九色旗に襲われていた為に「まさかね」と見過ごしていたが…不覚。喬春甫の時は、変装の名人・司空空に変装させ、喬春甫の右手の赤い痣をわざと白雲に見せておいたのである。司空空は辛暁月の手下になっている事から、ずいぶんと長い時間を掛けて七星樓包囲陣が敷かれて行った物と推測される。結局、秦百川親子と白雲は良い様に欺かれていたという事である。身の回りの親しい友人や秦汨が死んで人生の空しさを感じ出し、その心の隙間に入り込み信頼を得て後継者となった頃合を見計らって旗揚げする辺りも非常に陰険且つ深謀遠慮の程が判る。これはどんな人間にも効くに違いない。それにしても…どうも亞洲ドラマにはロリコンオヤジが多いような気がするが気のせいか？
　秦汨の特攻並びに死亡シーンの流れる様に淡々と進んで行くのが印象深い。ここで気付いたのだが、本作品でこうして次々に豪華なキャストが流れ星の様に死んで行くドラマは他に見当たらない。洗浩英の呉鉤と云い、尹天照の秦汨と云い、通常の亞洲のドラマならばまず、こんな早く殺される事はないだろうと言う位にキャラクターの存在感があったにも関わらず、斯様な展開を見せるとは。
　この様なドラマの展開は、本来の香港ドラマの物ではない、と断言しても良い。基本的に大きな物語の筋を何十回という話数を掛けて完成させるのが香港ドラマの形である。そのセオリーから完全に逸脱しているのがこのドラマの特徴と言えよう。キャラクターの作り込みも非常に濃く、これではまるでカズオ・コイケ原作の時代劇画の様だ。
　ＯＫ謎は解けた。
　筆者がこの作品を何故亞洲最高のドラマと云い切るに足る理由がこれではっきりした。キャストの豪華な使い方といい、脚本の濃さといい、私にとって此れ程しっくりくるドラマの展開はないのである。恐らく、このドラマの脚本を書いた人はカズオ・コイケの作品（特に子連れ狼）を通読し、その作品に流れる仏教的無常観を香港ドラマに持ち込もうとしたのだろう（まさか徐少強の差金か？）。しかし、惜しいかな、漢人にはこの哲学的な世界は受け容れられなかったのである。当時は社運を賭けた大作として満を持して発表されたのに…
　萬黑旗は…今一つ出番なし。次回以降に期待。

第二十五～二十六話（簡装版第十三話）

　楚江南は秦百川から親しい人間を遠ざけ或いは闇に葬って、秦百川の期待を自分一人に集中する様ならしめ、秦百川の後継者としての地位を与えられた事で七星樓乗っ取りの機が熟したと考えたのだった。
　正式な後継者である秦汨亡き今、楚江南の恐れる相手は最早居なかった。彼は更に萬黑旗とも通じ、江湖をその一手に収めんと画策していたのである。済んでの所で死地を脱出した秦百川の行方を捜索する一方で、彼は九色旗本部を攻撃させたが、それは萬黑旗（秦汨の死とそれにより齎された一件の責を負って立場が危うくなっている）の株を上げさせる為の生贄でしかなかった。攻撃隊を全滅させた萬黑旗は瑞木旗の信任を再び得て更に地位を向上させる事にも成功した。
　逃げ延びた秦百川そして同行した小蓮の二人は、盲の孟覇天に伴われて秘密の通路を抜けて、嘗ての仲間である、梁四の所に身を置いた。彼らは、ぎりぎりの所で秦百川を助ける様予め組織から離しておいて一般生活をさせておいた、言わば『草』だった。秦百川は彼らと自分しか知らぬ隠れ家に小蓮と共に隠れ住む事に。だが、それは一般生活を営んできた梁四、この時が来るのをずっと穴倉で待ち続けて来た孟覇天にとっては死の宣告も同じだった。何故ならば、秦百川がその場所に隠れ住んでいる事を誰にも知らさぬ為に自らとその家族の口を封じなければならないからである。幼い子供と妻にそうとは知らせず毒を盛り、梁四は自刃し、孟覇天は当初秦百川を別のもっと遠くの場所に逃がそうと目論んだが、相方の人間がちゃらんぽらんな性格の人間だった為にその望みも失せ、その男を殺してやはり自害を選んだ。辛暁月の風流坊で人間の嫌な面ばかり見詰めてきた小蓮はこうした彼らの行動を理解出来なかったが、秦百川は『人には善と悪の二面がある。彼らは善…義の為に死ねる希少な人間なのだよ』と話すのだった。
　辛暁月が雪嶺に現れた事で異常を感じ取った白雲は、艷容によって助けられていた喬春甫と合流し、楚江南によって乗っ取られた七星樓を秦百川の手に再び戻そうと彼の消息を捜し求める。しかし辛暁月によって莫愁らは捕らえられ、人質の身柄の安全の為に秦百川の行方を追う事となってしまう。それは彼が再び秦百川を裏切る事を意味していた…

　今回のメインは梁四親子と孟覇天ら『草』のドラマである。この演出は『子連れ狼』の草の話と方向性は違うが同じ種類の物で、理不尽と判りつつも大義の為自らと家族を死に至らしめる悲劇は胸を打つ物がある。丁度それと対を為すかの様に殺される家人や孟覇天の相方は普通の市井の人々である。彼らの態度と梁四らの態度とのコントラストがドラマに非常なまでの緊迫感を与えている。特に梁四の家族の死に様の演出は良く出来ていて頷ける。
　今回、何と楚江南が莫愁を強姦した張本人である事が発覚する。彼は自分が莫愁を決して得られない事から凶行に及び、それ以降も彼女に近付く男性を片端から殺害していったのである。以前莫愁が殺したと思っていた男は、単なる替え玉だったのである。…って本気か？まるで『北斗の拳』でのアミバ並に凄いぞ。まるでとって付けたかのようだ！…香港ドラマは週間連載の漫画じゃないとは云え、香港映画の製作と似たような按配だったら本当にやりかねない。が、伏線は以前からちらほら思い当たる部分があった事からも、楚江南の裏切りは当初より予定されていた物の様である。
　今回は簡装版でカットされた部分でまた大きなものがあった。それは小蓮の人格に関わる場面である。この小蓮、簡装版ではしおらしい女性そのものなのだが、カットされた部分ではその辺りが全て嘘っぱちである事が露呈してしまっているのである。そもそも彼女は辛暁月の手下であり、そんな女性がまともな人間である訳がない。自分が賢いと自惚れ、少し媚びた態度を取れば男など手玉に取れると考えているがその実深慮と言う物に欠け、ボロがすぐに出てしまう。…つまり、アホなのである。だが、それだけに貴重であるとも云える。どうやら、簡装版を編集した輩は柳生一劍や辛暁月を目の敵にしただけでなく、小蓮を『こうあるべき』女性のままにしたかったようだ。歪んでる…

第二十七～二十八話（簡装版第十四話）

　『私は莫愁を愛しているのだ』といけしゃあしゃあと述べる楚江南に対し、今までの禍根を断つべく白雲は楚江南に戦いを挑むが、互いの腕は拮抗しなかなか勝敗は決さなかった。だが、そこに七星樓結成時からの秦百川の盟友、陸隠峰と共に喬春甫、秦百川が現れ、最早此れまで、と観念した楚江南だったが、秦百川らは彼を殺す事はしなかった。その代わりに彼は今までの裏切りの代償として全ての地位を失う事となったのである。そして、それは彼一人に留まらず、楚江南に協力することで栄耀栄華を夢見ていた辛暁月・常歓の風流坊の二人もまた、七星樓からの追手から逃げる羽目になってしまう。
　危うい所で小蓮に助けられた艷容、莫愁らは、彼女が白雲の古い知り合いである事を知らされる。小蓮は嘗ての聖教（燕北飛が所属していた宗派）の生き残りであると語り、白雲は彼女が教主の忘れ形見ではないかと当りを付けるが、それでも彼女の正体を確信する事は出来なかった。秦百川は彼女を七星樓の友人として迎えるが、その一方で調査も開始する。一体彼女の本意は何なのか。
　所変わって…楚江南は自分の唯一無二の親友に裏切られて、初めて秦百川が自分を生かしておいた理由を知った。秦百川は裏切られた最悪の気分を彼に味合わせてから殺す算段を立てていたのである。必死に逃げる彼を追う七星樓の追手。だが、突如として彼を救った者が居た。他でもない、萬黑旗その人である。萬黑旗は楚江南と共に江湖世界を征服すべく、瑞木旗の兄弟子・邱神却を利用し瑞木旗を殺そうと画策する…

　萬黑旗について、筆者は前々から中々の人物であると考えていたのだが、今回の話でそれがきちんとした形で現れている。彼には弟と妹がおり、弟の方は酷い喘息持ちだった。『薬を飲んでも苦しむだけだよ』と薬を飲む事を拒否する弟に向かって、『それでも薬を飲むんだ！』と厳しくも優しい態度を見せる萬黑旗の姿にうむと頷かざるを得ない（のは筆者だけか）。彼は貧乏な家の出で、常に生活問題や身の危険に悩まされない様になる為に、この道を選んだのである。だが、その一方で彼は家族の事を常に気にかけており、いつか天下に萬家の名を轟かせた暁には、平和な田舎暮らしに戻ろうと考えていたのである。似たキャラクターでも黎仁超とは方向性が違うと言えよう。しかし折角良い人である事(笑)が発覚したのに、次回では死亡確定だからなあ、この人。惜しい。
　今回の見所は楚江南が追い詰められて行く演出である。自分の仕掛けてあった万が一の為の保険ともいうべき人質が、全く意外な方向からの介入（小蓮）によって解放されてしまった事で、反撃の機会が完全に消失してしまい、その場で殺されるよりもなお辛い状況に置かれてしまう辺りで、少々可哀想になってくる。秦百川に向かって自分の此れまで置かれた事に付いての恨み言を云った筈が、全て自分の逆恨みである事が却って発覚してしまって気まずい事この上ない。このシーンでの激昂した声が結構良い声で良いんだけれど、普通話ではそうなっていないのが残念（やはり日本語の吹き替えは偉大である）。

　小蓮がまともに話に関わってくるのもこの辺からである。何話か見てると、小蓮という少女がアホではなく、只単に無邪気なだけであると言うのが判ってきた。流石は楊恭如、見事な天然振りだ、と納得できる物がある。王珍珍みたいなのも良いけれど、小蓮の正体不明な感じも良いなあ（バカ）。

第二十九～三十話（簡装版第十五話）

　瑞木俊を人質に対決した萬黑旗だったが、肉親を取られている筈の瑞木旗は、突如として開き直るや息子を殺害してしまう。そして彼の口から発せられた言葉は萬黑旗の耳を疑うに充分だった。
『そやつは儂の息子などではないわ！孤児を育ててやっただけだ』
　意外な展開に段取りの変更を余儀なくされた萬黑旗は、楚江南と合流し、追ってきた瑞木旗に対して切り札とも言うべき瑞木旗の兄弟子・邱神却をぶつけるが、いざ戦闘開始と云う所で突然死してしまう。
　『そんなバカな！』と叫ぶ萬黑旗に対して楚江南は自分が邱に毒を盛った事を平然と告げる。更に、驚愕すべき事実が瑞木旗の口から発せられた。瑞木旗の実の息子、それこそが楚江南だったのである。つまり萬黑旗は最初から騙されていたのである。最早此れまで、と決死の覚悟で戦いを挑もうとした彼だったが、楚江南はこの時の為に用意しておいた萬黑旗の弟妹を人質に使い、彼に自害を勧めた。自分が演じた役割が単なる道化であった事に絶望した萬黑旗は、弟妹の助命を瑞木旗に約束させ、自らを嘲笑しながら自らの槍で自刃した。
　だが、そんな彼の思いを踏み躙るかの様に、楚江南は人質の命を奪う。彼ら親子の秘密は彼ら以外に知る所となっては行けないのだ。瑞木旗は、叛徒・萬黑旗の首を手土産に停戦を申し出る。公には楚江南とつるんで陰謀を働いた廉で誅戮したと云う事になっている為である。その首を受け取った七星樓は、何かきな臭い物を感じ取ったものの、判断しあぐねていた。彼らは余りに近しい人間を失い過ぎていたのである。
　楚江南の陰謀が失敗したお蔭で今やお尋ね者の身に堕した辛暁月と常歓（李潤祺）は、日に日に狭まる追手の包囲網に混乱状態に陥り、常歓は辛暁月を七星樓に売り渡して自分だけ助かろうと彼女を捕らえるが、二年もの間音信不通だった筈の兄弟分の一人・李邁（顔普霖）に彼女を奪回されてしまう。彼は今や陸隠峰（黄允材）だったが、彼女を本気で助けたいと考えていた。だが、疑心暗鬼に囚われた辛暁月はそこからも逃げ出し、町で偶然常歓を見つけ、殺意を抱いた彼女は常歓が追手を倒して油断した瞬間に短剣をその背中に付きたてた。
『裏切りものは殺す！』と凄んだ彼女に向かって常歓は皮肉な笑みを浮かべ『裏切りを教えたのはあんたじゃないか…あんたは自分があれだけ人を裏切ってきたくせに、人が己を裏切る事は許せないのか…！』と応えた…

　とうとう萬黑旗が死んでしまった。しかも全くの犬死である。「実は良い人である」演出を途中で入れられたせいで死んだと言う話も無きにしも非ずだが、キャラクターとしては判りやすいし美味しい役柄だった。自分の勝利の確信が見る見るうちに裏切られ絶望と変化して行き、遂には自分への哄笑で止めを刺す一連のシリアスな演技がきっと女性のハートを鷲掴みに…してないから問題なんだよなあ、彼の場合。　この話で語られているのは『肉親の情』である。肉親の情がある故に、瑞木旗は楚江南の事を信じぬく事が出来、萬黑旗はそれ故に自害の道を選ばざるを得なかった。そして、肉親ではないが故にいざと云う時に即座に殺されてしまった瑞木俊。肉親を持たぬが故に家族を持つ事に拘る白雲、そして反対に肉親を持たぬが故に誰も信ずる事が出来なくなった辛暁月もその範疇に入るだろうか。実に業の深いドラマである。大体、亞洲の他作品はこの作品同様長丁場のシリーズにしてもこうしたシチュエーションはもっと話が分けられており、視聴者にとっては判りやすくされているのだが、さすがと言うべきか、さもありなんと言うべきか、兎に角重い展開が続く。この劍嘯江湖の脚本に放り込まれた要素を分解したら数本作品が出来るだろう（多分そうしたものの一つが雪花神劍と思われる）。　そうした情念確執の流れの中を一人飄々と泳いでいるのが小蓮その人である。辛暁月らにとってまさに致命的な一撃を与えておきながら、その目前にふらりと現れて『早く逃げた方が良いですわ』等と忠告し、あまつさえ『私は何にでも首を突っ込まずに入られない性分なの』と言う始末である。全く悪びれる事が無いのは特筆に価する。白雲らが雪嶺に戻る日、喬春甫に『七星樓に何時までも居て良いのだぞ』と声を掛けられたら『御免被ります。だっておじいちゃんばかりなんですもの』とやり返すし、莫愁に『何時でも雪嶺に遊びにいらっしゃい』と社交辞令をされたらちゃっかり先回りしておいて『奇遇ですね』とやらかす。迷惑だけれど、何処かほおって置けない、そんなキャラクターである。白雲は本気で迷惑がっていた様だが…
　で、それとは対照的に全てをしょい込んで不幸街道一直線の辛暁月が際立つ際立つ。別に日本語に訳さんでも判るくらいに不幸なのでこれは必見。

第三十一～三十二話（簡装版第十六話）

　常歓を失い、李邁に裏切られた（誤解）せいで身も心も疲れ果てた辛暁月は、独り善がりな考えから莫愁を全ての原因と思い定め、彼女を殺害する目的で雪嶺に一人現れる。だが、反対に彼女の心の弱さを莫愁に見透かされ、諭されてしまう。結局辛暁月は莫愁に手を出す事も出来ず、自分の心の弱さ、醜さ、欲望がこの災禍の原因と知り、一人雪嶺を去った。
　だが、その直後何者かの手によって莫愁、初陽は殺害され、白雲、小蓮は状況から下手人が辛暁月であると信じ込み、白雲は今まで彼女に手を下さなかった自分を悔やみ、自らの手で辛暁月を討つと誓い、小蓮と共にその消息を追うのだった。
　その途中、二人は楚江南と遭遇する。楚江南は莫愁の愛を勝ち得た白雲を殺そうとするが、小蓮に莫愁の死を知らされ、愕然とする。小蓮の彼を追い詰める言葉によって逆上した楚江南だったが、瑞木旗の出現でその戦いは中断される。瑞木旗は大事の前の小事で息子に危害が及ぶ事を危ぶんだのだった。
　秦百川と喬春甫は瑞木旗の仕組んだニセの和議の場に赴くが、そこで引き出された楚江南の目と歩き方から秦百川は彼が瑞木旗の息子である事を喝破し、機に乗じて秦百川を殺害せんと迫った江南を返り討ちにし、重傷を負わせた。だが、本来秦百川の実力を持ってすればその場で楚江南を殺害する事も出来たのである。出来なかったのは、以前楚江南が放った毒矢の毒が未だ以って抜けておらず、秦百川の力を著しく奪っていたからに他ならない。それどころか、彼の命すら縮めていたのである。
　その頃、辛暁月は自分の悪心悔やみ、尼になろうとしていた。そんな時、李邁から白雲が自分を殺そうと思い出の山廟で待ち構えている事を聞いて、誤解を解く為にその場に赴くが、最早怒りに我を忘れた白雲には、彼女の弁解も全く耳に入らなかった。李邁は辛暁月を助けようと必死に白雲に立ち向かうが、辛暁月は白雲にそこまで憎まれた事を悲しみ、崖下へ身を躍らせた…

　では、莫愁、初陽を殺害したのは一体何者なのか？
　この二話を見ていて最大の謎はそこである。今までのそうした事象の裏には楚江南の姿があった。しかし、今回楚江南も、莫愁を失った事で逆上、其の後放心状態になった事でシロであるといえる。楚江南は莫愁に対してストーカー的な愛情を持っていたが、決して自分だけのものにする為彼女を殺そうとまで考えるような人物ではなかった。楚江南の台詞『君の身体を奪う事は出来たが、君の心を奪う事は最後まで出来なかったね…どうして君の父が秦百川で、私の父が瑞木旗だったのだろう』が彼の想いを表している。自分の妻すら簡単に殺せる彼のたった一つの純情だったのだ。今回、楚江南はそれなりに人間的なキャラクター振りだった。
　白雲の莫愁の死を知ってからの行動が見物である（笑う所ではないのだが）。莫愁の亡骸を抱いたまま、ケダモノの様に何事か叫んで雪の中を走りまわるのは良しとしても、彼女の亡骸を地面に横たえて突如として詩『明月不帰沈碧海　白雲愁色蒼悟（明月碧海に沈んで帰らず　白雲愁いて蒼きを知る）』を吟ずる（しかも広東語版ではそこだけ声も変わる）のは如何なものか。今までそんなインテリな部分、持ち合わせていなかったではないか、と突込みを入れてしまわずにはおれない。
　小蓮は相変わらずマイペースである。妙に頭が回るせいで、人の考えたくない部分にぐさぐさと彼女の言葉が刺さる事刺さる事。あの沈着冷静な楚江南をして逆上させる彼女の凄さは計り知れん。その一方で、莫愁を失い錯乱した白雲を見て『誰かがついていなくちゃ…』と甲斐甲斐しく付いて来る健気さがこちらのツボを押し捲る。
　第三者の存在…それが何を指しているかは何となく予想できるがもう少し今は想像の中で遊ばせてもらうとしよう（そんなに時間はないが）。

第三十三～三十四話（簡装版第十七話）

　莫愁の死によって生きる気力を失った白雲は、橋を破壊し雪巓に只一人で引篭って、彼女と過ごした思い出に浸りながら静かに死を待つ道を選んだ。しかし、如何なる方法を用いたのか、彼の目前に現れた小蓮が彼を激励し共に暮らす事を告げる。そんな日々の中、今は亡き燕北飛の剣譜（秘伝書）が発見された。
それを切っ掛けに白雲は生きる気力を取り戻し、再び父の影を追うかの様に修行を開始するのだった。彼を見守る小蓮の真意は。
　丁度其の頃、端木旗、楚江南の親子は七星楼への総攻撃を仕掛ける事を決意していた。しかし、得意の森羅萬象變の内功の力をもってしても、秦百川の太極拳とせいぜい互角である事を危惧した端木旗は、秦百川に圧勝せんが為、森羅萬象變の最高境地・死極に達する修行を先に行い、これに成功するのだった。
　曰く、死極を極めた森羅萬象變の奥義は世に並ぶものなし。しかし、死極の奥義は生涯に三度しか放てない。喬春甫は秦百川からその話を聞き、七星楼と秦百川を救う為に其の身を犠牲にする覚悟を決める。己の身体を以って、端木旗が死極に達したのか見極めようと云うのである。彼は陸隠峰に会いに行き、（端木旗が死極に達していなければ）二人掛りで端木旗を倒そう、そうでなかった時は端木旗にせめて死極の奥義を使わせて秦百川の勝機を高めよう、貴様は俺の屍骸を回収する為にも同行して欲しいと告げた。三人の妻を囲う陸隠峰は、彼女らを悲しませない為に同行を渋るが、結局喬春甫への友情に応えるべく李邁を連れて三人で端木旗・楚江南と相対する事となった。
　そして喬春甫の死を賭した猛攻に端木旗は奥義を思わず使用し、喬春甫は己の身を砕かれながらも勝利の声をあげて果てたのだった。残る奥義使用回数は二度。端木旗は予期せぬ事態に焦りを覚え始めていた…

　今回は何と言っても喬春甫と陸隠峰の東映任侠映画ばりの男と男の友情である。秦百川、七星樓の為に己の命を失う事など省みない義の男である喬春甫と、三人の妻と子らの為に死ぬ事を何よりも恐れる陸隠峰。この二人は一見対照的に見えるが、他人の為に命を賭けられるという点では見事に一致している。一度は「俺は行かんぞ！」と云っておきながら、結局喬春甫の後を追う陸隠峰、追ってきてくれるだろう事を期待してやっぱり待っていた喬春甫。「死ぬのが判ってる奴をみすみす一人で行かせる訳にもいかんだろう。全くひどい奴だ」という陸隠峰の悪態に喬春甫が微笑する場面が高倉健と池部良を彷彿とさせる。残念な事に簡装版ではカットされてしまったが、この後二人は海岸で酒を酌み交わして、思い出話に花を咲かせるシーンがこれまた良かった。
　この他、喬春甫が特攻死して後、陸隠峰が秦百川に向かって「あんたは喬春甫がああする事を決心し、そして俺が喬春甫を見殺しにする事が出来ないと言う事も見抜いた上で作戦を立てたんだな。全く大した男だよ」とおどけながらも告げる場面には慄然とさせられる。何故ならば、その辛辣な言葉を投げ掛けられても秦百川は表情を変えずに「彼の死は無駄にしない」と淡々と述べるのである。一体何処まで計算しているのだ？秦百川。最早その深慮遠謀は神の視座から見るが如し、である。私が今までに見て来た香港ドラマや映画で（三国志における諸葛良ほど）うそ臭くないレベルで計算をやってのける人物はいなかった。脚本家も頑張ったものだが、これは秦沛という役者の力量も影響しているのは言うまでもなかろう。
　秦百川は結局、端木旗に二度目の奥義も空打ちさせる事に成功し、最後に密室に誘い込んで彼の焦りを更に煽った状態で精神的有利な立場を利用して「お前には三度目の奥義を出す事は出来ん」と暗示するかのように同じ言葉を繰り返しながら近付いて致命的な一撃を与える。この辺もシナリオとしては納得できるものである。

　さあ、次回から柳生一劍が帰ってくるぞ。　

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劍嘯江湖 The Swordsman（第二部）