94年に亞洲電視本港台(ATV)にて放送されていた歴史もの。宋代の実在の将軍・岳飛の活躍とその悲劇を徐少強主演で大炸裂させたかも知れない作品である。
当作品の話を聞いた時点で、徐少強がミスター・パーフェクト(心技体全て文句なし)を演じている事だけでも筆者には俄かに信じがたいものがあったが、実際眼にしてみるといや、カッコ良いでないの。あくまでも規律に厳しく、それでいて情けを忘れない岳飛の善良かつ高潔なキャラクター設定は他の登場人物と比べても明らかに浮き上がったものであり、そこをどう他の人間くさい連中(只単に民度が低いだけかも)と折り合いをつけるのかが気になっていたのだが、もともとフィクショナルな空気を発散させまくっている徐少強が演じた時点で「ま、彼だから良いか」みたいな気がしてくるのではなかろうか。落ち着いた中年の魅力が岳飛の言動を補完してくれている。
その他、尹天照演じる牛通は現在の所コミカルなキャラクターと見受けられるのが新鮮である。蔡学富以降の陰気なキャラクターが目に付く彼のイメージはこの時点ではまだ固まっていなかったのかも知れない。特に初登場時の口上は只の阿呆にしか見えないのが非常にお気に入り。
後、気になるのは例によって例の如く最初に善人っぽく現れた謎の剣士・陸文龍(甄志強)である。この陸文龍、岳雲と韓世忠の娘が牛通相手に苦戦している所に颯爽と現れ、助けるだけ助けて名前も告げずに立ち去るわ、飯屋で飢えに苦しむ坊主に奢るわ、気障にも剣で柱に漢詩を刻むわとやりたい放題のキャラクター(ここで思い出されるのは劍嘯江湖の楚江南)である。岳飛の名を聞いてふと真面目な表情をしたりと伏線めいた演出が其処彼処に見えるのもこちらの疑念を更に刺激してくれる。こやつが後に敵になるのは間違いない。
流石に甄子丹がアクション担当した95年以降の亞洲の作品に比べると、アクションはややバタ臭く(所謂昔の香港映画を想像して頂きたい)、兵隊用のエキストラ(多分大陸の人達)がかなりヘタレなのだが、それを考慮してもなかなか良い感じである。丁度精武門が亞洲にとってアクションものの分水嶺だったのかもしれない。
陸文龍、第三話にして既に裏切り者である事が発覚。彼は金国の王子の一人、元顔朮の一人息子で宋の内情偵察の為に送り込まれていたのである。天竺僧・天鏡、岳飛に倒された元顔粘罕の娘・彩雁を始めとする暗殺者集団を率いて岳飛に近付き殺害せんといろいろやるのだが、親の仇を討たんと先行しがちな彩雁と慎重確実な手段を模索する陸文龍との間で既にチームとしての破綻が見え隠れしているのが痛い。内部分裂して自滅しそうな雰囲気がありありである。尤も、見ているこちらとしては裏切り俳優甄志強が非常に判り易いキャラクター設定できっちり裏切ってくれる事の方が期待通りで嬉しいのだが。
で、我らが主人公岳飛将軍であるが、あれだけの策を弄する人間であるにも関わらず、夜中に琵琶持って一人出て行くわ(当然戦闘あり)、彩雁に息子が拉致され「一人で来い」と呼び出されたら、直ぐに一人で出掛ける辺り、其の…何と言うか凄い。牛皐達が止めるにも関わらず、ずかずかと己の身も省みずに槍一本で敵地に乗り込む岳飛の姿には笑いを超えて感動させるものがある。少々人を信じ過ぎな所が危なっかしいが、其処が又良い。この作品見たら絶対ファンの数は激増するだろう事は想像に難くない。
その他。牛通と韓秀君(韓世忠の娘)のやり取りが緊張感が合って楽しい。元々第一話にしてこの二人は最悪の出会いを果たしている訳であるが、当然其の後も蟠りは解けている筈も無く(其の割に岳雲はあっさり打ち解けているのだが)、事ある毎に言わなくても良い皮肉を言う牛通にぎらり、と剣を抜きかける秀君とそれを見越して防御体制をとる牛通、この掛け合いがテンポよい。これにボケ役の岳雲が加わって馬鹿トリオが完成。実に完成された人間関係である。
秦檜大活躍。正に策士と言うのはこういう人物であろう。牛皐親子を陥れる為にまず息子を使って牛通を煽りわざと殴らせて牛皐親子の感情を極限までマイナスにした時点で高宗に「牛皐は中々の働き、是非更なる出世を」と聖旨を貰い、それを最初に彼らに見せず牛皐の家に乗り込む。当然牛皐らは殴りこみに来たと思い、応戦の構えを取るわけだが此処で牛皐に聖旨を傷付けさせて大義名分を取得して今度は処罰の為の聖旨を受けそっちは部下に持っていかせ「上意である!」…陰険極まりない。この秦檜夫婦は漢人にも金人にも良い感情を抱いていなく、寧ろ宋朝廷を弱体化させて天下三分の計を実行せんと企んでいる節がある。この秦檜、結局岳飛を死地に追いやった元凶として中国史上で第一級の極悪人扱いされており、現在も尚、その彫像に唾を吐きかけられる扱いを受けている御仁であるが、実在した秦檜が作中で見られるような陰険で身内に甘い絵に描いたような邪な人間かどうかは判る筈もない。作中ではああだがあの時代の状況でこの手の裏切り(とされる)行為を働いた人間というのは必ず何らかの切実な理由があるものである…って中国人のメンタリティを考慮すれば秦檜についてそんな風に考える事自体が禁忌になるものであり、そんな日本人的な解釈は今後もあちらではなされないだろう。
で、主役の岳飛だが六話でまたたった一人で劉豫の兵隊相手に戦っている。こうなった原因は陸文龍が岳雲の漏らした情報をそっちに流したせいなのだが、人の恐ろしく良い我らが岳飛将軍は全く陸文龍を疑う事も無く己の職務を只守らんと戦い続けるのである。いや、徐少強の岳飛だと少なくとも50人位の敵兵は全く苦にもならないような気がせんでもないのだが、一話置きにこんな一対多数の戦闘ばかりやってると流石に心配になってくる。
で、影の主役・陸文龍だが、この男、雷鳴によって発作を起こすという精神的欠陥を有しており、このせいで岳飛を殺し損なうわ、単なる暴漢相手に苦戦するわと色々見せ場有り(あったなあ、こんなの昔の特撮ドラマで)。また、韓秀君に対して徐々に心を開いてゆくなど、ロマンスもそこそこあり、今後のドラマでの彼の活躍を垣間見させてくれるものがある。あくまで父・元顔朮とともに宋朝を滅ぼそうと画策し、色々と策を尽くすのだが何処か割り切れない思いを抱いている…そんな感じである。
しかし劍嘯江湖で楚江南をやってる以上まだ油断は出来ねぇのである。