‘94獨臂刀之情 What Price Survival


汪靖国(徐少強飾)

領銜主演 チャーリー・ヤン 呉興國 劉松仁 姜大偉 徐少強 高捷

粗筋

……剣術の一大流派「錯剣堂」の総帥白復國と反旗を翻したそのおとうと弟子汪靖國は決闘の末、汪靖國が編み出した『一刀會』刀法により彼の勝利に決まった。彼は兄弟子の命を奪う代りにその子供白寧を連れ去ってしまう。二十年後、靖國は寧を養い『一刀會』刀法を授け復國が父母の仇と教え、実父を殺す為の刺客に育て上げていた。そして寧は実父を仇として刺殺したが、その直後自分が実父を殺害した事に気付くのだった。悲憤に暮れた寧は実父に代り靖國を殺害、己の罪滅ぼしとする決心をした。……

 チャーリー・ヤンの引退前最後の映画出演作品。徹底的に映像に凝った作品であり、全てが幻想的な演出の中行われる。劇中音楽が多用され、物語を緊張感溢れると同時にやるせない虚無感漂う独特の雰囲気を醸し出している。特に演出に於いて白眉なのは古装片の殺陣において迫力を出す為には欠かせない古装のひらひらの代りに、学生服(日本の学ラン!)やロングコートを使用していると云う事である。黒いコート姿の男達が日本刀を閃かせて雪の振る最中真赤の鮮血を散らす。何と凄惨にして美しいことだろうか。この映画のテーマはWhat Price Survival生き残りの代償という英語タイトルに顕されており、登場人物の全てが業を背負って生きている。時代設定不明(多分民初)。(中国の)東北地方へ行く機関車、蓄音機、バイクが出てくる事から20世紀半ばくらい。でも満鉄だろうからこれって満州?にしては日本刀以外は日本の匂いを感じさせるものもないし…無国籍映画といった方がよさそうである。

 徐少強がこの作品中でも当然日本刀を振るう事は云うまでもない。今回の役は汪靖國、『一刀會』の総帥であり寧の養父、そして寧の母親を殺害した最大の敵役である。

 彼は兄弟子との決戦時「俺の負けだ、兄貴許してくれ!」と叫び、白復國の剣尖が鈍ったところで不意討ちを掛けて辛勝した事から自分の中に後ろ暗い思いが残り、其れを打ち消す為に白復國の子供を使って白復國を殺そうと考えた。恐らく白寧が返り討ちに遭ったとしても、その方が白復國に精神的なダメージを与えられると思ったのだろう。いや、もしかするとそちらの方が彼の本来の目的だったのかも知れない。しかし、白寧を養子として育てている内に、彼の中に本来道具でしかない筈の白寧に対して情が生じてしまった。それだけに自分の中で激しい葛藤が起こり、白寧を錯剣堂へ実父殺しに行かせる直前に錯剣堂の第三高弟、安國(演じるは劉松仁)に手助けする様要請させるに到ったのだ(安國は本来、白復國の妻、素素の婚約者でありその件で兄弟子白復國を恨んでいた。故にその提案を受け容れた。汪靖國は更に白寧を実父殺害後始末する様にも告げているが、それは安國が己の立場を守るためにそうする事を見越しての事だろう)。そして正に白寧が実父と戦っている時間。汪靖國は其れこそ高笑いでもしてやりたかったに違いない。だから彼は芸子を呼んで目前で舞い躍らせた。

 しかし。白寧を気にするが余り、彼には舞踊も目には入らない。唯、その白寧への思いを断ち切ろうとして煽る酒の量が徒に増えるばかりだった。堪らず胸を掻き毟り嘔吐する汪靖國。この辺りの狂気に似た演出は必見である。当然香港映画だからゲロもばっちり。

 やがて白寧が戻ってきた。真実も知った上で。こうなると白寧が今度は自分を仇にするのは目に見えている。仕方なく殺害を決心した彼は白刃を養子だった男に向けるが彼の娘(チャーリー)の手助けからまんまと逃走、挙句娘にも家を出られてしまう。白寧を殺害せんと二人の前に現れた安國も、嘗ての婚約者と生き写しの娘に自分の心の醜さを見て正気を取り戻す。自分の成した大罪の償いの為、(安國の裏切りを知り追って来た)錯剣堂に死を覚悟してその身を差し出すのだった。汪靖國にも立場と云うものがある。このままでは自分の地位も危うくなる。そこで彼は自分の高弟、白寧と仲の良かった兄弟子を「娘を嫁にやる」という条件で刺客にする事にした。だがその高弟も返り討ちにされ、ついに白寧が復讐にやって来た事を知ると彼は悲壮な気持ちで、しかしあくまで表面上はふてぶてしくも薄笑いすら浮かべて雪の降る中弟子達と共に彼を待ち受けるのだった。

…と書けば非常にかっこいいがこれは深読みした勝手なイメージ像であって実際に見た人間が「そんなあほな」と叫んだ所で私に責任は取れない。大体その非情さは並大抵のものではなく、安國と出会うシーン、これは弟子と共に外出から帰ってきた靖國を安國が『一刀會』の門前で待っているのだが、この時靖國は何人かの弟子の内、二人に「「錯剣堂」の剣を教えてもらえ」と云うと安國目掛けて攻撃させ、瞬く間に倒されると更に「次二人、お前とお前!」と、次々に命令、結局全員突っ込ませ全滅させる。明らかにレベルの違う相手に対して弟子たちを何の躊躇いもなく突撃させる彼は、悪の貫禄たっぷりである。
 しかしながら。感想を云えば、やはり妖刀斬首剣に比べればパワーに欠ける。確かに映像美としての部分は遥かにそれを凌駕しているが、徐少強ファンの私としては映画の冒頭でせこい勝ち方はしてもらいたくはなかった。あくまでも徐少強は宮本一郎の様に絶対の強者であって欲しいのだ。余談だがこの映画に出演していた俳優の内、徐少強、劉松仁、姜大偉がそのままATVの古装片電視劇『剣嘯江湖』に出演している為、当初この映画のVCDを見た時には「こいつ等近代ものでも同じ事をやってるのか?」と吃驚した覚えがある。

このドラマの結末は香港映画にしてはエピローグが描かれている。余りにも救われないこの映画、邦訳が望まれる。

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