来栖川綾香は順当に勝ち上がった。
 今年も高校生の部では優勝候補筆頭である。
 松原葵も初参加ながら一回戦を勝ち上がっている
 「やるねぇ、二人とも」
 神谷が口笛でも吹きそうな口調で言った。
 ちなみに、Dブロックの浩之の出番もそろそろである。
 「葵ちゃん、決勝までいけるといいな」
 「う〜む、調子は良さそうだぞ。セコンドもついてるから、いけるんじゃないの?」
 暇を持て余した二人は会場の上にある巨大モニターで各試合の結果を確認していた。
 「坂下か。あれほどエクストリームを馬鹿にしてたのにな」
 「そーだったのか?」
 「おう、それが原因で決闘騒ぎにまでなったしな」
 「・・・ああ、崩拳使ったってやつか?」
 「そう」
 「うーん、実戦で崩拳使うとは、やるな」
 「崩拳ってそんなに難しいのか?」
 「超至近距離からのカウンターだからな。決まれば一撃の威力を持っている分、当てにくい上に外すと寒い。と、言うか外したら相手の攻撃をもろに食らう。カウンターで当てるか、カウンターで食らうか、だ」
 「じゃあ、多用は出来ないのか」
 「カウンターばっかり狙っていくのは、空手がベースの葵って娘じゃ厳しいだろうな」
 基本的に、空手は攻撃重視である。
 「じゃあ、崩拳は最終兵器か」
 「いや、むしろ超必殺技だな。赤ラインにならないと出せない。おまけに投げ判定」
 謎の会話をしている間にも試合は消化されていく。
 Aブロックでは、日本拳法の村上が試合開始から三秒で相手をKOして会場を沸かせていた。
 Bブロックの第三試合、合気道の氷室が空手使いをまったく寄せ付けずに投げ続けて、1ラウンドでKO勝ちしていた。
 同じBブロックでは、キックボクシングの佐原とプロレス練習生の高木が試合を前にリング下で視殺戦を繰り広げていた。
 Cブロックは南派少林寺の兵藤が「秘伝・仏骨」で楽々二回戦進出を決めている。
 「男子の部も盛り上がってきたねぇ。そろそろ、お前の出番だな」
 「おう!」
 と、Dブロックのリングにレフェリーが上がった。
 それと同時に声がかかる。
 「Dブロック第三試合を始めます。藤田、西条、両選手前へ!」
 「いよいよ、か・・・」
 ゆっくりと、浩之がリングに上がる。
 「行ってくるぜ」
 堂々と、リングに胸をはって入る浩之。
 「いい表情してるわね」
 綾香である。
 「おお! みなさんいつの間に!」
 いつの間にか、綾香と葵と坂下が来ていた。
 「先輩、頑張ってください!」
 「負けるんじゃないわよ!」
 「うーん、黄色い声援飛びまくってるな」
 素直な感想を漏らす神谷であった。
 と、反対側から男が入ってくる。
 その顔には不敵とも言える笑みが浮かんでいた。
 それを見た神谷の表情が真剣なものに変わる。
 「西条めぐみ。大伴流柔拳術の継承者。全国格闘技トーナメントの覇者、誠新学園格闘技同好会の主将だ」
 「強いのでしょう?」
 綾香が神谷に尋ねた。
 「うむ、かなり強いぞ。当て身柔術とか中国拳法の武器とか山笠衆と戦った男だからな」
 「や、山笠??」
 「知らないのか? 九州の有名な祭りの・・・」
 「知ってるわよ。それって戦うものなの?」
 「強かったぞ」
 何の話だ。
 と、反対側の西条めぐみにも黄色い声援が飛んだ。
 「きゃいーん、西条くん頑張ってねぇ」
 「オラ、すぐに負けんじゃねーぞ!」
 えらく対照的な声援である。
 ちなみに、最初の声援を送ったのは白い道着を着て長刀を背負った美少女で、後の声援はやたらと体格のいい美少女のものである。
 「おー、一条と赤城が来ているのか・・・」
 と言うことはどっかに浜口と翔星もいるだろうと見渡す神谷。
 いや、むしろ浜口は選手として参加している可能性が・・・!!
 しかし、予想に反して、目に入ったのは少し離れたリングでレフェリーをしているヒゲ面の男であった。
 「あ、大伴俊作・・・レフェリーしてたのか」
 なぜか納得してしまう神谷。
 さて、リング上では西条めぐみと浩之が対峙していた。
 ちなみに、浩之は空手着である。
 一方の西条めぐみはでっかく「FMW」とプリントされたTシャツとトレーニング用スパッツという格好である。
 柔拳術の道着ではないようだ。
 「両者とも、武芸者として恥ずかしくない試合を、悔いを残さないよう戦ってください」
 審判の注意の後、両者はリング中央で向き合った。
 それを見ながら、神谷はこんな感想を漏らした。
 「間違った熱血格闘青春小説の主人公対エロゲェハートフルラブコメディの主人公・・・まるっきりB級のような気がするなぁ」
 「何の話よ?」
 怪訝な顔で聞いてくる綾香はさらりと無視しておく。
 「始めぇ!」
 開始の合図がかかる。
 同時にカーン!! とゴングが鳴るような音がした。
 会場でジュースの空き缶を捨てたやつがいただけである。
 だが、あまりのタイミングの良さに浩之と西条めぐみの全身の血液が沸騰した。
 ああ!
 いま!!
 いまこそ!!!
 藤田浩之と西条めぐみの試合は始まった!!
 

 (一気に攻めてやる!)
 そう思い、前に出ようとする浩之。
 その瞬間、西条めぐみが突っ込んで来た。
 「いくぜぇ、藤田ぁ!」
 まるで往年の長州力のような勢いで突っ込んでくるめぐみ。
 「な、なんだぁ?」
 まったく予想してなかった浩之は、相手のタックルをまともに食らった。
 「しまった!」
 後悔しても遅い。がっちり捕まった。
 めぐみが右手を浩之の腰にまわす。腰を落として、右足を浩之の左足にかけた。
 そこから一気に回転する。浩之を引きずり倒すような形になる。
 「うまい! 柔術の崩し技をプロレス風にしてやがる!」
 やはり、解説は神谷であった。
 「ぐっ」
 倒されてしまった浩之。めぐみはさらにグランド技に持っていこうとしている。
 「逃げろ、浩之ぃ! 終わるにはまだ早いぞ!」
 神谷が叫んだ。その声に反応してか、浩之がめぐみを押し返そうとする。
 と、その腕をめぐみが掴んだ。
 肩肘固めに持っていこうとする。
 咄嗟に切り返す浩之。
 「こら、グランドを返す方法は教えただろうが!」
 神谷が叫ぶ。それを聞いて、浩之は切り返しを諦めた。
 どうせ、相手のほうが技量が上である。この体制で切り返せるわけがない。
 覚悟を決めた浩之は、相手を睨み付けた。
 「いくぜ、西条めぐみ!」
 どうやら浩之も相手のペースにのったようだ。
 めぐみの腕をつかむ。そして、腹筋運動をするように上半身を起こした。
 そのまま、頭突きを食らわせる。
 が、読まれていた。めぐみがさっさと離れた為、空振りに終わった。
 素早く起きあがる浩之。めぐみが構える。
 浩之も構えた。
 「はっ」
 気合いと共に打ち込んでくるめぐみ。その拳の握りが少々変わっている。
 ただ握っているだけではなく、人差し指が突き出ている。
 握拳と呼ばれる握りであった。
 「ちぃっ!」
 左手で弾く。が、めぐみの勢いは止まらなかった。
 ひゅんっ、と風切り音がして浩之の頬をめぐみの拳がかすめていく。
 (速い・・!!)
 次々と繰り出される拳を必死の思いでかわす浩之。
 徐々にリング際に追いつめられていく。知らず知らずの間に後ろに下がってしまっていたのだ。
 (これ以上下がっても、追いつめられるだけだ! 前に出ないと・・・)
 相手の攻撃をかわしながら、両手でガードを固めて前にでる。
 瞬間、めぐみが組み付いてきた。 
 肩を掴んでがっちり組み合う形になった。
 「浩之、組んだら負けるわ!」
 綾香が叫ぶ。めぐみがグランド技に長けている事を見て取ったようである。
 足を払おうとするめぐみ。
 その瞬間、めぐみは後ろに吹き飛んだ。
 「なぁっ!」
 真後ろにのけぞりながら吹き飛ぶ西条めぐみ。
 浩之は、足を垂直に上げた状態で硬直していた。
 「な、何よ、今のは・・?!」
 「わからん、あの状態から打撃が打てるとは思えないが・・?」
 「先輩、何をしたんでしょうか?」
 綾香、坂下、葵が驚愕して浩之を見つめている。
 神谷が頭を掻きながら苦笑していた。
 「・・・近距離から蹴り上げたんだよ。一応、教えた技だが実戦で使えるとはなぁ・・・」
 さすがに神谷も唖然としながら言った。
 「あ、当たった・・・」
 リング上ではまだ浩之が放心していた。
 「か、勝ったのか・・・?」
 信じられないと言った面もちで呟く浩之。
 と、いきなり神谷が声を上げた。
 「何やってる! 決めにいけ!」
 「え?」
 吹き飛ばされためぐみが起きあがったのだ。
 「痛てて・・・さすがにビックリしたぜ」
 完璧に顎に入ったはずだが、まったく大丈夫そうであった。
 「う、嘘だろ?」
 「さすがに、こんなに早くからKOされるわけには行かないんでな」
 不敵に笑う西条めぐみ。
 ゆっくりと浩之に近づいてくる。
 突然、西条めぐみが声を上げた。
 「いくぜぇ!」
 突進してくる。
 正面から組み付く。浩之が腰を落として迎え撃つ体制に入った。
 その瞬間、西条めぐみは浩之の後ろに回っていた。
 腰を抱きかかえるようにがっちりと絞めてくる。
 「うぉぉぉぉ!!」
 そのまま力まかせに引き抜く。浩之の足がマットから離れた。
 「ラッシャー木村はぁ!」
 自分ごと、真後ろに倒れ込む。
 「打たれ強いぃぃぃっ!!」
 とんでもない角度で落ちていく浩之。
 『どごんっ』という音が会場中に響きわたった。
 急角度のバックドロップであった。
 「なんて角度だよ・・・」
 「ブチ切れた時の、ジャンボ鶴田並みだぜ・・・」
 観客席からそんな声が上がる。
 「ひ、浩之・・・」
 綾香が青ざめた顔で呻いた。
 すばやく起きあがるめぐみ。
 会心の笑みを浮かべている。
 だが、マットに沈んだ浩之がぴくり・・・と動いた。
 そして、ゆっくりと体を起こしていく。
 (うう・・・頭がぼーっとする・・・)
 当たり前である。
 「む、あれをくらって立てるとは、特訓の成果はあったようだな」
 神谷がしきりにうなずく。
 「特訓って、どんな事をしてたのよ?」
 「ひたすら俺と闘っただけ。実戦しかしてない」
 「そ、そんなの特訓でもないじゃない!!」
 「二ヶ月足らずで強くしてくれって来たんだ。方法は一つしかねえだろ。ただひたすらに実戦を積んでいくしかなかったんだよ。おかげで、打たれ強くなってるじゃねえか。見ろ、立ち上がった。俺に毎日ぼこぼこにされていたからな。痛みに耐性がついているのだ」
 乱暴なトレーニング方法である。が、実戦は訓練の百時間に勝ると言われる。
 どうやら、効果はあったようである。もっとも、基礎体力をつけるトレーニングは自宅でやらせていたのだが・・・。
 (くそっ、まともに前が見えねぇ・・・)
 浩之の視界がぼやける。
 (相手は・・・西条めぐみはどこだ?)
 いない。視界のどこにもいない。
 「ふせろ、浩之ぃ!!」
 神谷の声が聞こえた。その声が引き金となって、意識が覚醒する。
 開けた視界に、西条めぐみがいた。自分の視線より高い位置に。
 両足を揃えて、一直線に飛んで来ている。
 ・・・・ああ、ドロップキックか。
 そう思った瞬間、胸板に直撃した。
 後ろに吹っ飛ぶ。
 意外と、痛みはなかった。
 だが、全身が怠い。重い。自分の体なのに、まったく思い通りに動かない。
 (立たないと・・・)
 必死で立ち上がる。全身の力をすべてこめて。
 ゆっくりと体が持ち上がる。そして、目の前にいる男を見る。
 西条めぐみ。
 強い、強すぎる。
 実際、あの真下からの蹴りは決まったはずだった。完全な不意打ち。決まったはずだった。
 だが、立ち上がってきた。
 まったく効いてない。
 大体、柔拳術の技は全然見てないような気がする。
 なんか、プロレス技が多いような・・・。
 そんな事を考えている暇もない。
 すでに西条めぐみは構えている。
 一歩前に踏み出す。
 踏み出した瞬間、右足が折れ曲がった。
 (え・・・)
 そのまま前のめりに崩れ落ちる。
 (そっか・・・)
 浩之は、薄れゆく意識の中で悟った。
 とっくに限界を超えていたのだ。たぶん、あのバックドロップから立ち上がっただけで奇跡だった。
 (ここまで・・・か・・・あいつに少しでも・・・並びたかったけど・・・な・・・)
 浩之の耳に、綾香の声が聞こえたような気がした。
 マットに倒れ込んだ時、すでに浩之の意識は無かった。
 
 



あとがき

 西条めぐみVS.藤田浩之は決着です。

 次回が(第一部)最終回。

 もう、ほとんど書きあがってるので、今度は早い・・・はずです。