(一気に攻めてやる!)
そう思い、前に出ようとする浩之。
その瞬間、西条めぐみが突っ込んで来た。
「いくぜぇ、藤田ぁ!」
まるで往年の長州力のような勢いで突っ込んでくるめぐみ。
「な、なんだぁ?」
まったく予想してなかった浩之は、相手のタックルをまともに食らった。
「しまった!」
後悔しても遅い。がっちり捕まった。
めぐみが右手を浩之の腰にまわす。腰を落として、右足を浩之の左足にかけた。
そこから一気に回転する。浩之を引きずり倒すような形になる。
「うまい! 柔術の崩し技をプロレス風にしてやがる!」
やはり、解説は神谷であった。
「ぐっ」
倒されてしまった浩之。めぐみはさらにグランド技に持っていこうとしている。
「逃げろ、浩之ぃ! 終わるにはまだ早いぞ!」
神谷が叫んだ。その声に反応してか、浩之がめぐみを押し返そうとする。
と、その腕をめぐみが掴んだ。
肩肘固めに持っていこうとする。
咄嗟に切り返す浩之。
「こら、グランドを返す方法は教えただろうが!」
神谷が叫ぶ。それを聞いて、浩之は切り返しを諦めた。
どうせ、相手のほうが技量が上である。この体制で切り返せるわけがない。
覚悟を決めた浩之は、相手を睨み付けた。
「いくぜ、西条めぐみ!」
どうやら浩之も相手のペースにのったようだ。
めぐみの腕をつかむ。そして、腹筋運動をするように上半身を起こした。
そのまま、頭突きを食らわせる。
が、読まれていた。めぐみがさっさと離れた為、空振りに終わった。
素早く起きあがる浩之。めぐみが構える。
浩之も構えた。
「はっ」
気合いと共に打ち込んでくるめぐみ。その拳の握りが少々変わっている。
ただ握っているだけではなく、人差し指が突き出ている。
握拳と呼ばれる握りであった。
「ちぃっ!」
左手で弾く。が、めぐみの勢いは止まらなかった。
ひゅんっ、と風切り音がして浩之の頬をめぐみの拳がかすめていく。
(速い・・!!)
次々と繰り出される拳を必死の思いでかわす浩之。
徐々にリング際に追いつめられていく。知らず知らずの間に後ろに下がってしまっていたのだ。
(これ以上下がっても、追いつめられるだけだ! 前に出ないと・・・)
相手の攻撃をかわしながら、両手でガードを固めて前にでる。
瞬間、めぐみが組み付いてきた。
肩を掴んでがっちり組み合う形になった。
「浩之、組んだら負けるわ!」
綾香が叫ぶ。めぐみがグランド技に長けている事を見て取ったようである。
足を払おうとするめぐみ。
その瞬間、めぐみは後ろに吹き飛んだ。
「なぁっ!」
真後ろにのけぞりながら吹き飛ぶ西条めぐみ。
浩之は、足を垂直に上げた状態で硬直していた。
「な、何よ、今のは・・?!」
「わからん、あの状態から打撃が打てるとは思えないが・・?」
「先輩、何をしたんでしょうか?」
綾香、坂下、葵が驚愕して浩之を見つめている。
神谷が頭を掻きながら苦笑していた。
「・・・近距離から蹴り上げたんだよ。一応、教えた技だが実戦で使えるとはなぁ・・・」
さすがに神谷も唖然としながら言った。
「あ、当たった・・・」
リング上ではまだ浩之が放心していた。
「か、勝ったのか・・・?」
信じられないと言った面もちで呟く浩之。
と、いきなり神谷が声を上げた。
「何やってる! 決めにいけ!」
「え?」
吹き飛ばされためぐみが起きあがったのだ。
「痛てて・・・さすがにビックリしたぜ」
完璧に顎に入ったはずだが、まったく大丈夫そうであった。
「う、嘘だろ?」
「さすがに、こんなに早くからKOされるわけには行かないんでな」
不敵に笑う西条めぐみ。
ゆっくりと浩之に近づいてくる。
突然、西条めぐみが声を上げた。
「いくぜぇ!」
突進してくる。
正面から組み付く。浩之が腰を落として迎え撃つ体制に入った。
その瞬間、西条めぐみは浩之の後ろに回っていた。
腰を抱きかかえるようにがっちりと絞めてくる。
「うぉぉぉぉ!!」
そのまま力まかせに引き抜く。浩之の足がマットから離れた。
「ラッシャー木村はぁ!」
自分ごと、真後ろに倒れ込む。
「打たれ強いぃぃぃっ!!」
とんでもない角度で落ちていく浩之。
『どごんっ』という音が会場中に響きわたった。
急角度のバックドロップであった。
「なんて角度だよ・・・」
「ブチ切れた時の、ジャンボ鶴田並みだぜ・・・」
観客席からそんな声が上がる。
「ひ、浩之・・・」
綾香が青ざめた顔で呻いた。
すばやく起きあがるめぐみ。
会心の笑みを浮かべている。
だが、マットに沈んだ浩之がぴくり・・・と動いた。
そして、ゆっくりと体を起こしていく。
(うう・・・頭がぼーっとする・・・)
当たり前である。
「む、あれをくらって立てるとは、特訓の成果はあったようだな」
神谷がしきりにうなずく。
「特訓って、どんな事をしてたのよ?」
「ひたすら俺と闘っただけ。実戦しかしてない」
「そ、そんなの特訓でもないじゃない!!」
「二ヶ月足らずで強くしてくれって来たんだ。方法は一つしかねえだろ。ただひたすらに実戦を積んでいくしかなかったんだよ。おかげで、打たれ強くなってるじゃねえか。見ろ、立ち上がった。俺に毎日ぼこぼこにされていたからな。痛みに耐性がついているのだ」
乱暴なトレーニング方法である。が、実戦は訓練の百時間に勝ると言われる。
どうやら、効果はあったようである。もっとも、基礎体力をつけるトレーニングは自宅でやらせていたのだが・・・。
(くそっ、まともに前が見えねぇ・・・)
浩之の視界がぼやける。
(相手は・・・西条めぐみはどこだ?)
いない。視界のどこにもいない。
「ふせろ、浩之ぃ!!」
神谷の声が聞こえた。その声が引き金となって、意識が覚醒する。
開けた視界に、西条めぐみがいた。自分の視線より高い位置に。
両足を揃えて、一直線に飛んで来ている。
・・・・ああ、ドロップキックか。
そう思った瞬間、胸板に直撃した。
後ろに吹っ飛ぶ。
意外と、痛みはなかった。
だが、全身が怠い。重い。自分の体なのに、まったく思い通りに動かない。
(立たないと・・・)
必死で立ち上がる。全身の力をすべてこめて。
ゆっくりと体が持ち上がる。そして、目の前にいる男を見る。
西条めぐみ。
強い、強すぎる。
実際、あの真下からの蹴りは決まったはずだった。完全な不意打ち。決まったはずだった。
だが、立ち上がってきた。
まったく効いてない。
大体、柔拳術の技は全然見てないような気がする。
なんか、プロレス技が多いような・・・。
そんな事を考えている暇もない。
すでに西条めぐみは構えている。
一歩前に踏み出す。
踏み出した瞬間、右足が折れ曲がった。
(え・・・)
そのまま前のめりに崩れ落ちる。
(そっか・・・)
浩之は、薄れゆく意識の中で悟った。
とっくに限界を超えていたのだ。たぶん、あのバックドロップから立ち上がっただけで奇跡だった。
(ここまで・・・か・・・あいつに少しでも・・・並びたかったけど・・・な・・・)
浩之の耳に、綾香の声が聞こえたような気がした。
マットに倒れ込んだ時、すでに浩之の意識は無かった。
西条めぐみVS.藤田浩之は決着です。
次回が(第一部)最終回。
もう、ほとんど書きあがってるので、今度は早い・・・はずです。