…と云う事を踏まえて今回の解説を。敵Drowは先ずLeomund's secure shelterに気付き、Dispel Magicをその効力範囲である30'立方から充分に離れ、且つ狙撃可能な距離に自分達を配置しておいて投射した。判定は成功し、当の呪文を破壊しついでにマイロン(9th LV)の他の呪文も破壊している。更にその手下がFaerie FireのSpell Like Powerを使用し、人間四人をその効果に入れたがシェリンには魔法抵抗能力が備わっていた為に判定は失敗、彼は全く何の影響も受けなかった。シェリンは『安寧』のサイン…これはサルヴァトーレの小説に描写がある…を使用したが受け入れられず、已む無く自分の5'半径darknessを使用し彼らの視界を閉ざした。この間1セグメント。第1版ではSpell Like Powerの使用は通常移動・攻撃と同時に行う事が出来る(sage adviceによる)のでこの行動もOKと言う判断を筆者は下した。Darknessの呪文はDrowにとっても見通す事は適わないので、飛び道具を躱すにはもってこいである。何せ、標的を狙う事が出来ないのだから。また、闇黒空間が5'半径の球体の形で発生する事も利用できる。敵が飛行生物でない限り、必ず足元から人間達の光源に入ってくるのだから、其れ目掛けて斬り掛かれば良いのである。相手は闇の中に居る以上イニシアチブを取る事は適わない為に楽で効果的な戦術と言える。
小説の中ではDrowがパーティの中に居る為にこの様な作戦が可能であるが、もし普通のパーティでこの事態になったならば、かなりの危険な状態になったと言えよう。今回の小説で使用した敵Drowは、5lv戦士/5lv魔技を小隊長とする、ごく当たり前(Dモジュールでエンカウントする標準的男Drowによって構成される)小隊である。他の構成員は、4lvの戦士*1、2lv戦士*8名(実際には7-10の乱数)であり、数字だけ見ていれば大した事はないのだが、それらが全員darkness、faerie fireを単なる意思発動で使用できる事、魔法を高確率で無効化してしまう事、そして件の毒を標準装備している事を考えた時、如何に危険か想像できるだろう。対応に時間を掛ければ掛けるほど、忌まわしい毒によって眠りにつかされるキャラクターが増えるだけであり、最後には奴隷にされるか、慰み者にされた挙句殺されるのがオチである。
『…で、あんたは料金以上の事をする気がなかったから魔法を使える事を黙っていたと言うのか』
そういう事だ、とシェリンはヘルベルトの恨みがましい声に別に悪びれる様子もなく肯定した。彼らはマイロンの呪文で破壊されそこなった闇仙子の遺品を回収し、そこから使用可能な物品や糧食を確認していた。
『君達だって自分の値段に見合った金が出されなかったなら同じ事をしているだろうに』
そうぞんざいに答えながら、彼は闇仙子の毒が充分に残存している事を知って樮笑んだ。これだけあれば少なくともこいつ等の弩を充分活かす事が出来る。其れは即ち、彼らが生きてエレルヘイに到達できる可能性が増えた事を示している。幾等地下世界に住まう連中が強大だといっても、闇仙子の使用する毒物そのものが効かない連中は殆ど存在しないからである。
『確かにそうかも知れん。だが、我々は仲間ではないか』
ヘルベルトは更に食い下がった。彼にはリーダーとしての矜持がある。仮にそうだとしても、いや実際にはそうであるにせよ、はいそうですかと引き下がる訳には行かなかった。
『仲間と言うのは、互いを認め合う者の事を云う。お前達の何処にそれがあるというのだ』
シェリンは歯に衣着せずにばっさり切り捨てた。都合の良い時だけ仲間の名の下に人を使おうと云うのは酷過ぎやしないかね、と彼はヘルベルトを真っ直ぐ見据えた。
『…いいだろう。このままでは我々は須らく目的地に着くまでにあの世行きだ。君等の様な人間をエレルヘイまで連れて行く事が不可能に近いと言うのならば、其れを成し遂げる事に価値はある。協力しよう』
『ふざけるな!何が「協力しよう」だ!貴様は、貴様は…』
魔術師マイロンの怒りが爆発した。正に視線で人を殺す事の出来る魔物の目はこんな感じではないだろうかと想像できるくらい彼の目は怒りで大きく見開かれていた。
マイロンのプライドは最早粉々だった。彼の魔術は実際にはシェリンに遠く及ばなかったのである。そう、マイロンはずっと彼の掌で踊っていたに等しかったのだ。其れを知った時、彼のシェリンへの優越感は即座に殺意へと変わっていた。彼に屈辱を与えたこの闇仙子と同じ天を仰ぐ事すら耐えがたかった。シェリンは鼻で笑うと弩を彼に向けた。
一触即発の緊張が走ったその時、シェリンに向かって平手打ちが一閃した。此れには流石のシェリンも呆然とするしかなかった。其れと粗同時にアボットがマイロンを羽交い締めにした。
『…好い加減にしろ』
ぞっとするほど落ち着きのある低い、それでいてよく通る声が辺りに響いた。一行の中で全員が戦士としての力量で敬服しているのはアボットである。彼は本来ヘルベルトの下に付くような人間ではなく、寧ろ彼らを率いる方が似つかわしい人物だったが、王の勘気に触れて地位を追われ現在は只の傭兵に身を落としている。今こうしてアンダーダークにいるのは彼にとって贖罪の為である。彼は王に、人々に再び認めて貰おうと、数々の危険な任務に進んで志願し生き延びてきた人物である。彼は下野して10年、どんな屈辱にも耐えてきた。全ては失った地位を取り戻さんが為である。そして根負けした王が彼に与えた最後の探求がこの旅だった。
王は伝説の魔杖『無明拐杖Staff of the Underworld』を欲し、その為の情報をエレルヘイに住む魔技ライムから聞き出そうと彼を派遣したのである。場合によっては魔杖の奪取も彼には任務として課せられている。実際の所、ヘルベルトらがこのエレルヘイまでの危険な旅を仰せつかったのは、アボットの護衛である事に他ならないのだが、その事は巧妙に伏せられていた。シェリンにこの話を持ってきたのも実はアボットである。彼は売春宿街に住む闇仙子・シェリンの情報を得ると、ヘルベルトに掛け合って報酬の一部の金を闇仙子に与えてガイドとし、加えて本来不法居留者であるシェリンに居留許可を与えると云う約定も取り付けてあった。
『もう充分睡眠をとった。呪文そのものは大した物を消費していないから、そこのロザリアが方術を記憶した時点で出発しよう』
シェリンは立ち上がるとロザリアを一瞥し、くるりと背を向けた。彼の左頬が痛む。女はやはり女だ。男よりずっと強い。彼は自分の種族の女を思い出していた。
彼らは二時間後に再び歩き始めた。