『THE UNDERDARK CRAWLER』
或いは『闇仙子シェリンの受難の日々』
「悲しんでいても何にもならない。弔いは済んだ。行くぞ」
闇仙子・シェリンは吐絲穴蝦を倒し、仲間の仇を討って感慨にふける地上人に向かって冷静に出発を告げた。この程度の事件はワイルド・アンダーダークでは良くある出来事の一つでしかない。其れよりも、出来るだけこの場所から遠ざかる方が先だ。下手をすれば、いやこのままでは第二第三の犠牲者が出てしまう。それこそ、無駄と言うものだ。シェリンは悲しみに打ちひしがれる尼僧の頬にビンタをくれると、もう一度「行くぞ」と念を押した。彼ら、特にビンタを受けた尼僧は闇仙子に対して恨みがましい眼差しを向けたが、今更どうにかなる訳でなし、彼らも渋々死んだ戦士の荷物を全員で配分し、のろのろと移動を再開した。
さて、とある事情でダンジョンサバイバルについて書く事になった訳ですが、そのままDungeoneer's Survival Guide(以後DSG)の通り述べ立てても筆者が面白くも何ともないので、状況を小説から拝借して解説する事にします。
1.Climbing
「こ、ここを降りるのですか?」
「近道をしたければ、の話だ。下まではざっと100フィートと言った所だ。そこの魔法使いが適宜な呪文を覚えていれば、行程は短くなる」
彼らの眼下には暗黒が広がっている。闇仙子はこの切り立った崖を降りろと言うのだ。しかも、じくじくした足場には名前も判らぬ茸の菌糸が十重に渡り張り巡らされ、実に滑り易い状況を作り出している。
「私達には無理です」
尼僧ロザリアがあからさまに非難めいた響きの言葉でシェリンに抗議した。シェリンは「誰も貴女に聞いておりませんよ。魔法使い、どうなんだ?」と尼僧の否定的意見には全く取り合わなかった。シェリンにしても敢えて邪険に扱う気はないのだが、婚約者の惨死を目の当たりにした彼女は幾分平静さを欠いており、感情的な意見を先刻からぶつぶつと述べ立てている事に彼が辟易していたからに他ならない。
「魔法使いという呼び方は止して頂きたい。私にはマイロンと言う名がある」
「魔法使いを魔法使いと言って何が悪い?…ではマイロン、どうなんだ?」
ロープを伝って降りるしかない、と彼はシェリンが最も聞きたくもない答えをそっけなく返した。どうやらまた遠回りをするしかない様だ、と彼はこの一行と同行してから何度目かの溜息をついた。
注意:闇仙子のシェリンが彼らには見えないのに崖下までの距離を大凡云えたのは、彼が種族特有の非常に強力な赤外視力を使用した事による。このパーティは魔法の剣による半径20'の明かりを光源として使用しているが、不意打ちの事も考慮しシェリンは常にパーティの30'前方で行動している。正直、彼の本意ではないのだが…
シェリンが魔法使いマイロンの言葉を聞いてうんざりするのには理由がある。マイロンは事も無げに『ロープを伝って』降りるといったが、事はそう簡単ではない。レビテート能力の助けを得る事が出来るDrowのシェリンならばいざ知らず、普通の人間はこの菌糸でぬらぬらする状態の壁を足を滑らせずに降りる事は出来ない。
確かに、DSG14-16ページをテーブルだけ読むと、ロープを伝い、壁を蹴りながら降下すれば普通の人間でも80%の成功率とある。しかしながら菌糸によってぬらぬらしている状況を分析すると、実際足場としてはこの段階はSlipperyに分類され、全く何の役にも立たない事がはっきりする。結局、ロープを伝う事でしか降下できないのである。
となると、ゲーム上この判定はRope & Wallではなく、Poleの項目で判定しなければならない。成功確立はロープ其のものが乾いて丈夫であるNonslipperyであるとしても僅か60%でしかなく、更に鎧の装着によってその確率は更に低下する。しかも、Thiefではない彼ら一行の移動速度は、1ラウンドに12フィート(+Dexのリアクション修正)しか降下できない。約9ラウンドで降下を終了できるとは云え、その落下の確立は相当高いと云わざるを得ない。安全に降下するには、ロープにキャラクターを縛り付けてゆっくりと荷物と同様に下ろすしかないのである。
だが、ロープの荷重限界がDragon#135にて設定されている(普通のロープの安全荷重は1100ポンド)であるといっても、冒険用装備を身に付けた戦士なんぞ、並みの筋力の持ち主では到底支えきれるものではない。シェリンが魔法使いに良い方法はないか、と聞いたのは、一度にキャラクターを安全に降下させるために便利な呪文、例えばFeather fall…を覚えてはいないかと言う意味である。
結局、彼らは遠廻りをし、ワンダリング・モンスターとの戦闘に巻き込まれる嵌めに陥った。
戦士ヘルベルトは、この暗黒の世界を彷徨する日々にうんざりしていた。確かに都市エレルヘイを目指す事を決定したのは自分だ。しかし、地上で法外な値段で雇い入れた闇仙子の見下すような態度や、正気を失った為に命を自ら捨てた形となったカーティス(吐絲穴蝦に殺された戦士)の最期など、不愉快な事続きだった。彼は自嘲気味の笑いを兜の中で浮かべた。
『天鶴』騎士団の連中が見たらきっと今の自分らを笑う事だろう。こんな事になると予め判っていたのだったら、王の命令を素直に受けて隣国との戦争に参加していた方が良かった。少なくとも、こんな身近に死の危険を感じずには済んだ筈だ。ここは我々の生きる世界ではない。そう考えると空恐ろしくなり、涙が滲んだ。
『…ルト。大丈夫ですか?』
尼僧ロザリアが心配そうに見詰めている。ヘルベルトは慌てて兜のバイザーを下して何でもない、と首を振った。顔から火の出る思いだった。今の自分の顔を正面から見られる訳には行かない。自分はリーダーなのだ、今更弱気な態度など見せて堪るかと彼は自分に言い聞かせた。照れ隠しの為、彼は先行している闇仙子に声を掛けた。下手に気心が知られていない分だけ、こういう時にはシェリンの存在が有難かった。あの男は人間の微妙な心情の変化など理解している筈がない、と彼は考えていたからである。そうでなければ、許婚を目の前で死なれた女性に平手打ちなど与えられる訳がない。
すぐにシェリンは彼らの持つ剣の仄かな明かりの下に、まるで幽鬼か何かの如く現れた。闇仙子の着用している暗赤色のブーツは殆ど足音を立てる事がない。其れゆえに余計に唐突に表れた感が強いのだ。彼は何か感心した様にヘルベルトに『あんたは「人間」と名乗るに恥じぬ存在の様だな』と話し掛けた。どうも話が噛み合わない。シェリンはそんなヘルベルトの内心の事情を知ってか知らずか、そのまま話を続けた。
2. Poisonous Gas & Cave-ins
『我等がリーダー殿の御察しになった通り、ここから先は細心の注意を払わなければならない。理由はそこの石壁にある』
シェリンが指差した辺りの石壁には奇妙な言葉がインクで記されている。
『"Lil waela lueth waela ragar brorna…lueth wund nind, kyorlin elghinn."我々の言葉で警戒を促すフレーズだ。きっと何か…危険がある。それが何なのかは未だ判らないが』
シェリンは自分の種族の奥ゆかしさを恨んだ。どうせだったら何が危険かくらいは書いておけば良いものを。尤も、そんな事をこの世界で、底意地の悪さで一、二を争う彼の同族に言った所で決して聞きはしないのだが。さて、ここから先に居るのはどんな怪生物だろうか。逃げ場の少ないこの洞穴の中で頭上から人食いアメーバの類が落ちてくる事は避けたいものだ。それとも、あの粘液質の触手を持つ魚怪か。シェリンは危険と言うとその辺りをすぐに連想する男だった。
彼は身震いしたが、それでもその種族特有のプライドの高さからあくまでも表向きは平静さを装い、再び歩みを開始した。そして、同族の残した危険への警告が、何なのか、すぐに理解する事になった。
この臭いは…!シェリンは先程の位置から更に50フィート強、進んだ辺りで、卵の腐ったような悪臭を嗅いだ。微かだが、この臭いは嗅ぎ間違える訳がない。どうやらこの辺りには火山性ガスが溜まっている様だ。彼は背を屈めて3フィート程の高さの空気の臭いを吸い込み過ぎない様にそっと嗅いでみた。硫化水素ガス特有の刺激臭が彼の敏感な感覚器を嫌と言うほど刺激した。思わず吐きそうになった彼は吐き気を必死で抑えこみ、戻ろうとした。その時、はっきりと彼の耳は異常音を捉えていた。
その瞬間に目前の洞穴の奥から、何かしらの存在が近付いている事に気付いたシェリンは、事態が更に悪い方向に向かった事を知った。こんな状況下でまともに動く事の出来る生き物はほぼ、敵以外の何物でもない。いや、相手は生き物ではなく、忌死者…Undead…かも知れない。彼は時間がない事を理解すると、即座に警戒を後方に呼びかけ、自分も撤退を始めた。
だが、事態はシェリンの予想を遥かに超えていた。敵が何なのか、彼が確認する前に前面の天井が崩れ、こちらの方向に向かって次々と天井が剥がれ落ちて来たのである。シェリンはとっさに後方に向かって全力で弾かれた様に駆け出したが、瓦礫は容赦なく彼の頭上に降り注いだ。
洞窟探検をするに当たり、恐ろしいのはモンスターばかりとは限らない。天然の毒ガスや落盤はそうしたものの例の一つである。毒ガスの類は自然界に意外に転がっている。比較的出遭いやすいのは小説でも出た硫化水素ガスである。この空気よりも重い、卵の腐ったような臭いを出す火山性ガスは充分な殺傷能力を持つ。ゲームの上でも充分に役立つ?事だろう。其れだけではない。換気というものが先天的に不足しているダンジョン内ではモノが燃焼した時に発生する二酸化炭素であれ、一酸化炭素であれ、溜まっている可能性が十分あり得るのである。DSGではダンジョン内で発生するであろう悪影響を与える気体を総じて単にPoisonous gases、Noxious gasesとして紹介しているが、化学を齧った人間ならば兎も角、ゲームの判定レベルでは余り頓着する必要はないだろう。これらの気体に臭いがある場合は、DSGのp.37・38でOdor detectionの判定(Wisdom基準)を行い、成功すれば判るようになっている。しかし、一酸化炭素のように無味無臭の毒気ならどうするか。こうした場合を考慮し、DSGでは生きた小鳥を携帯し、人よりも毒ガスに反応しやすい弱いこうした生物の反応を見る事を奨励している(現実世界でも行われている)。
こうした事態を発見した場合、普通は適宜な対処策がない場合は撤退する事が良いのは云うまでもない。魔法使いが大量にDrawmij's Breath of Lifeの呪文を所持しているとか、空気要らずの一部のアイテムを全員が所持してでもいないのならば…。
そして、落盤はダンジョン探索において、何時発生するか判らない一番の恐怖である。熟達したDwarfですら、その発生を予見する事は不可能である。小説では都合良く?発生した落盤であるが、実際のゲーム上に於いてもその確率は無視できる値とは云えない。落盤の発生し得る脆い天井部分をDMが設定した場合、その地点を通るキャラクター毎に5%という、1/20で発生するのである。しかも、DMは状況に応じてその確率を変動させる事が出来る。例えば、そこを通りぬける生物が大型だったり重い荷物を運搬していたり云々。その地点を走り抜けた場合ならば確率は倍になるといった例がDSGでは紹介されている。その地点で戦闘が起こった場合、その時発せられる音ですら落盤の危険性を増す。迂闊な行動は死を招くものである。大体、何も設定していなくとも、ダンジョンに潜っている1日ごとに1%(又は10日に10%)で落盤は発生し得るのだ。
更に、一度落盤が発生すると天井はそこから連鎖的に洞穴の天井を次々に崩してゆく可能性が存在する。所謂連鎖反応Chain reactionというものである。これについてはDSGp.40に表が存在するが、相当な確率で発生してしまうそのルールは静かなる恐怖となってDSG読者の意識を捕らえる事だろう。
大体基本の落盤のエリアは20'*20'であるが、そこからその真上と両隣の同じ位のエリアで連鎖反応が約3割で発生し、更にそこから隣接するエリアでその半分の確率で更なる連鎖反応が発生する。こうして発生した落盤によるダメージは落盤した岩(泥や水ではダメージが変化する)の厚さ10'毎に4-32ダメージを与える。このダメージは対石化STの成功により半減できる。一度に崩れる天井の厚みは特に設定されていない限り3フィートとして設定されており、これが連鎖反応によって更に強化される可能性は無いとは云えないが、まあ、この位のダメージは覚悟しておく事である。熟練したレベルの冒険家ならば耐えられるだろうが、体の弱い専業魔法使いは特に注意せねばならない。一体何個の石が落ちてきているのか判らない以上、(特に第1版用の)Stoneskinの呪文は当てにならない。
落盤から暫く後。現在リーダー・ヘルベルト以下、シェリンを入れて5名。尼僧ロザリア、魔術師マイロン、そして戦士アボット。この内、戦士アボットは全くと言って良いほど口を開かなかった。彼は唯、黙々とパーティの最後尾を背後に気を付けながら守っている。その代わりに彼の着用する板金鎧が誰よりも雄弁にがしゃがしゃと語っていた。正確に言えば、音を立てずに移動できるような者はシェリンの他にはマイロンしかいない。ロザリアにせよヘルベルトにせよ、鎖帷子を着込んでシャラシャラザリザリと歩いている。身の安全とは云え、これでは視覚よりも嗅覚・聴覚に頼る傾向の強い地下世界の住人を却って刺激しているようなものである。事実、シェリンは嘗て自分が仲間と地上までエルフ狩りに来た時には此れほど敵に遭遇した覚えはなかった。
シェリンは淡い光の玉を作りだし、岩の下敷きになった者が一体何者なのかと照らして見た。案の定、グール或いはギャストらしい犬の様に歪んだ顔面が見て取れる。彼らは全員其の時点ではまだ体をもぞもぞと動かし、其の飽くなき食欲の銘ずるままにこちらに接近しようとしたが、それを尼僧が許す筈もなかった。聖印を彼らに突き付け福音書の言葉をなぞると彼らはぐずぐずと元の死体に戻ってしまった。
この尼僧、思ったより法力が強い様だ、とシェリンは表情には出さないものの感心していた。それにしても、彼女のような人間が暗黒都市エレルヘイに何の用があるだろう。何某曰く『何千もの闇仙子、何千もの邪悪の軍団』とまで謳われる闇仙子の居住地に向かうなど、鶏の目前に蚯蚓が首を出す事と大差はないのだが。暫し考えていてシェリンは思い当たった。
ロザリアは地下に住まう先程のような連中を相手にする為に連れて来られたのだ。恐らく、他の面々がなんだかんだと理屈を付けて彼女をこの危険な探索行に許婚ともども引っ張り出したに違いない。彼女の様な善良な太陽神教徒は光の差さぬ地下で過ごす期間が長ければ長いほど戒律に背く事になると言うのに。シェリンは彼女に同情すると共に愚かな女だという念を禁じ得なかった。
こう云う者を闇仙子はKhal'abbilと呼ぶ。信頼できる友人という意味だがもう一つ、『愚か者』という意味の言葉でもある。
3.Crossing a Chasm on a Rope
『このスヴァルトジェット河(地底を流れる河の名前)だけは渡る必要がある。ここを越えない限りエレルヘイには決して辿り着けないからな』
シェリンはロープを張る事が可能な石筍が対岸にある事、こちら側にもロープ固定用に使用可能な石筍がある事、そして障害物に邪魔されずロープを投げられる距離かどうかを確認した。60フィート前後。…こいつは自分には無理な距離だ。力の最も強いアボットならば鈎縄を充分届かせる事も出来るだろうが…さて、どうするか。ふと、シェリンは思い出した様に魔術師マイロンにその橙色の目を向けた。
マイロンは先の一件でシェリンに対して強い不満感を持っており、闇仙子の視線を感じて如何にも物憂げそうな視線を返してきた。自分に蔑まれたくなければ少しでもこちらの意を汲んで自発的に動けば良いものを。マイロンは自身をよりミステリアスで力ある存在として他人から見られたいのだろう、そう考えてシェリンは苦々しく思った。ふん、自分がどの程度の実力の魔術師かどうか客観的に見る事が出来ないカスめ。
『魔術師。あんたは飛翔の術を使える…そうだな』
『無論だ。お主とは年こそこちらの方が若いが知識の蓄積は比べ物にはならぬよ』
シェリンは直接云った所でこの手の依怙地な人間には、牛に琴を聞かせるに等しい行為だと判っているので搦め手で彼に呪文を使用させる事にした。彼はマイロンに嫌味っぽく、それでいて妬ましい、如何にも悔しがった演技をし、マイロンの自尊心を刺激する事で彼にその飛翔の術を使わせる事に成功した。マイロンは尊大な態度をますます強くしたが上機嫌で承知した。シェリンは戦士アボットに飛翔の術を受けてもらい、ロープを対岸の大岩に固定する様に促した。重戦士の身体がゆっくりと宙に浮き、ロープの端を持って暗黒の川面の上を静かに進んで行った。
『彼一人で行かせて大丈夫なのか?』
戦力低下を事の外恐れるヘルベルトがシェリンに問い掛けた。闇仙子は何も答えず、彼の移動を見守っていた。
地底河やクレバスといった大きな空間を渡る為に、PC用の殆どの種族は色々な手段を必要としなければならない。方法其のものに付いては、非魔法的な手段から魔法的な手段、果ては超能力まであるのだが、この場ではあくまでも誰にでも使用し得る非魔法的な手段を挙げて行く事にする。
今回小説で挙げたスヴァルトジェットの川幅はざっと60フィートである。この距離が鈎縄(Grappling Hooks)を使うにせよ、ロープを環っかにして引っ掛ける(Thrown Loop)にせよ、彼には無理な話である。
何故に無理なのか。DSGのp.16から17を見て頂きたい。シェリンはStr12の典型的なFiend Folioルールを使用した男のDrowであり、Thiefとしてのクラス能力を8LVとして持っているのだが、鈎縄を届かせようにも其の有効距離のルールが(Str/3*10)フィートと規定されている為、彼の膂力では有効距離は12/3*10=40フィートでしかない。ロープを引っ掛けるのはそれよりもマシだとは云っても、表6を見れば其の距離は50フィートであり、10フィート足りない。
しかし、STRが18/82の設定であるアボットが鈎縄を使用した場合、其の距離は計算の結果60フィートとなり、ぎりぎり届く計算になる。このパーティには他にロープを投げる事が出来るキャラクターがいない(ロープの使用に慣れ親しんだと思われる身分の出自のキャラクターがいない)し、ましてや組み立て式のボートを持って来ている訳でもないので他の方法はいきおい魔法に頼る事になる。シェリンがアボットに鈎縄を渡す事よりもマイロンに魔法の使用を促したのは唯単に時間が節約できると考えた為である。
鈎縄を巧く引っ掛ける為には、DSGのp.16、表3に従い、石筍をStone Parapet或いはRockey Edgeと見なし(筆者は引っ掛かりやすいと見なせば前者だし、そうでない場合は後者とする)判定を行う。1ラウンドに1度この試みはなされるが、失敗すればロープの巻き戻しに1-4分を必要とする。かつ、本当に巧く掛ける事が出来たかどうかの確認も必要であり、そうでない場合1-6分で鈎は外れてしまう。こうして大体平均すると20分強もの時間を要してしまうのでシェリンは鈎縄をアボットに託したのである。この河がもっと幅の短いものであれば、シェリンもマイロンにFlyではなくWall of Stoneでもないかと尋ねていたかもしれない。最も、この呪文を使用して橋を掛ける(壁を曲げる)場合、その出現する壁面積は減らされてしまうので、マイロンのレベルでは話にならないかもしれないが。
参考程度だが、DSGのP.17にはジャンプのルールも掲載されている。これを読むと自分のPCがほんの3メートルを飛び越す事すら容易には出来ない事を知らされ愕然と出来る。
4.Bridge(Rope Bridge)
ロープを固定する事に成功したアボットは、更に自分の背嚢からもロープを取り出し、これもしっかりと固定すると皆のいる方向に文字通り飛んできた。他の皆が訝しがる中、シェリンはその意味を理解した。成る程、一本のロープに身を預けるよりは安全だ。そう云えばこの河には確か大魚が潜んでいたな。こんな人数で渡河などやらかせば、我々よりも耳の良い魚の事だ、きっと襲ってくるに違いない。…ならば水中よりはまだマシというものだろう。少なくとも音を立てる可能性は格段に減るのだから。
『アボット。君は先に向こう岸に行って敵の来襲に備えてくれ。…大丈夫だ。君の援護は魔術師が出来る筈だから。…そうだな?』
『いちいち私の顔を不安げに見んでも良い。…アボットよ、心配するな』
マイロンは自分が皆から頼られる存在である事に密やかな喜びを覚えていた。しかも、目前の闇仙子にアテにされる事には特に優越感を感じていた。どうだ、これが魔法の力、私の力だ。
この男が以前ヘルベルト達とチームを組んだのはもう二年も前の事である。彼は吝嗇な魔技の師匠に更なる叡智を授けてもらう為に金を必要とし、結果遺跡の探索行や従軍魔技として戦争に参加したりしていた。しかし、彼自身が自分の身を庇う余り大きなリスクを負う事を嫌った事で、結局大した働きをしていなかった。確かに金は手に入ったが、それは彼が名を成すには少な過ぎた。今回再びヘルベルト達と組む事になったのは、彼の今までパッとしなかった経歴に花を添える為である。だが、彼自身、これほど自分の術を毎日使用する事になるとは考えてもいなかった。地下の世界で安全に過ごす為と考えて予備を大量に買い込んでいた筈のニンジンとメノウの屑はもう底を尽きかけていた。彼は自分がチームの誰よりも有利な状態になければ不安で仕方が無いタイプの人間だった。彼は自分の呪文のストックがなくなる事を考える度にぞっとする。彼も例外ではなく、このエレルヘイまでの探索行を後悔する人間の一人だった。
『ロープは最後にこの私が渡る事にする。其れ以外はあんた方の好きなようにやってくれ。其れから…』
シェリンはロープを短く切って、これから渡ろうとする人間に、ベルトも利用して、張られたロープ二本を中に入れてその胴体を軽く縛った。万が一落ちたとしても、これならば綱が切れない限り川に落ちて流される事は無いだろうという考えからだった。意を決した様に先発を志願したのは尼僧ロザリアだった。彼女の方が他の連中よりも思い切りが良かった。彼女は福音書の言葉を幾つか呟きながら二本のロープに両手両足を引っ掛け、ゆっくりと這う様に進んで行った。思った以上に二本のロープを使用した彼女の姿勢は安定しており、これを見た他の人間は幾分機嫌が良くなった。どうやら巧く行けそうだな。
尤も、マイロンは自分だけ空間歪曲術で向こう岸に『跳ぶ』腹づもりだった。彼は自分の優位性を更にアピールしたかったのだが、シェリンが『援護できる』と云ったのは、彼がこの状況下においては最も融通の効く人間である事を見越しての事でもあった。
渡河、或いはクレバスなどをロープだけで渡る事は得てして危険な状態に陥り易い。無論これが全て我等が冷血にして他人(プレーヤー)の苦悶する様を見て喜びを感ずるサディストDMの思惑によるものだとはあながち云いきれるものでもなく、PC達の敵となる連中も阿呆ばかりではないと言う事であろう。パーティが容易に分断するこの状況は実に敵にとって襲撃しやすいと言うことである。
渡河そのものについては、ロープで互いを繋いでざぶざぶと進む方法が一般的だが、それについてはBeholder氏の所に既に解説されているのでそちらを参考になされるが良かろう。今回小説のキャラクター達は河に足を踏み入れる事をせずに、崖を越す時と同じ方法を用いている。理由としては既に述べたが、この河には大魚がいる事が知られている為に、敢えて水の中に進入する危険を犯したくない為であり、そんなものがいないと予想される程度の川幅、水深、流れの速さならば彼らもそうしていただろう。地底には思った以上に危険な水中戦に優れた生物が豊富で、そんな連中と戦う羽目になった場合、相当の犠牲を覚悟する必要がある。特に流れのある河での戦いは、PCが何処ともわからぬ下流へ流される危険性を常に内包しており、そうなったら先ずそのキャラクターはプレーヤーの手元から消えてしまう事となろう。
DSGのp.19には、PC達が出会う、或いは作り出す事が出来るであろう『橋』についての解説がなされている。そのうちの一つ、最も簡単にPCが作り出す事が出来るのが「ロープの橋」である。小説でも述べたが非常に簡単で且つ、信頼の置ける代物である。
DSGのルールでは『1.Climbing』で述べた成功確率に+50%も加えられるので、割と安心して使用する事が出来る筈である。尼僧ロザリアの能力(Dex16)では、1ラウンドに19フィートこの方法で進む事が可能であり、又そのラウンド辺りの成功確率は基本の40%+pole使用によって+20%、更にロープの橋を使用することで+50%が加えられる。…失敗する事はこの時点ではあんまり考えないでも良いだろう。しかし、シェリンが更に彼女に落下防止のロープを付けた理由は、彼女がChain Mailを着用する事で、その成功確率の15%が阻害されてしまう事による。よって、実際には彼女の橋を伝う成功確率は95%となり、万が一レベルでの危険(このゲームでは1/20が『万が一』レベルだと私は考えている)をはらむ事になる。その為の対応策である。
また、何らかの要因によってロープの一方が切断された場合、キャラクターは落下から助かる為に2通りの選択がある。一つは未だ切断されていない方のロープを掴む事である。この場合は通常のClimbing判定を成功させる事により掴む事が可能である。もう一つは切断された方のロープを掴む事で、この場合、Climbingの判定を-20%の修正をつけて成功すれば、結果としてターザンよろしく綱の固定された方向に向かって振り子の様に突っ込む事になる。この為のルールはDSGのp.18、"Swinging Across"を使用する。この方法は余程の場合以外にはお勧めできないが…。
DSGのルールだけを使っていればこの程度で済むのだが、このシーフ以外がClimbingする為のルールは、シーフのそれに掛かる他の能力制限が同様に加えられる為に、混沌ルールを使用している一部パワーDMならばDragon#103に掲載されている、Unearthed Arcanaの拡張ルールを使用している可能性がある。この場合、Chain Mailの使用によって加えられるClimbing判定に対するペナルティは-40%に跳ね上がる。UAの拡張記事は色々な点で非常に有難い記事なのだが…DMには実行前にちゃんと確認しておこう。油断してはならない。