AD&D野望編或いは悪の誘い

 このカラムではベテランを自負する人ならば必ず手を染めているとまで言われているAD&D倫理道徳の上での『悪』について適当に述べてゆきます。

悪の誘い第一歩:己が本心に問い掛けよ、己はヒーローや否や

 AD&DにおいてEvilのアラインメントを持つ生き物は大抵、PCの敵に回るものです。何故ならば、PCは得てして悪とは対立し、そしてそれに勝利する事をゲーム裁定者(DM)に求められるからです。さて、ここで賢明な諸君は立ち止まって考えて下さい。自分とPCの考えと行動には不一致な点がないかどうか。怪物を倒し、幾ばくかの金を手に入れ、英雄としての名声を勝ち得るPC達。しかし、何処かでこう考えている自分はいないでしょうか。

『この怪物達を使って軍団が作れないかなあ』
『どうして俺はこんな慈善事業の様な真似ばかりしているのだろう』
『自分の力は他人より優れているのだからこの力で人々を支配してもおかしくはない筈だ』
『この依頼人むかつくぜ、いっそここで殺してしまえば後腐れもないのに』
『ヒロインのねーちゃん、こんなにComeliness(第二版ではAppearance)が高いのか。自分だったら単なる護衛だけじゃなくベッドの中でも相手してやるのにな』
『こいつパーティメンバーに何故いるんだ?この経験値泥棒め!』等々。

これらの共通するのは、全部現実の自分だったら決してやる事もなさそうな事象に根ざしています。つまり、そのプレーヤーにとって現実的でない(人間臭くない)キャラクターを無理に演じるが故に、ゲーム中にそんな事を考えてしまうのです。本来、AD&Dを始めとするロールプレイングゲームは自分が現実に出来ないキャラクターを遊ぶ事が出来るゲームです。自分がやりたいキャラクターを存分に遊んでも構わない筈です。それがどうして、自分のやりたくないキャラクターばかり演じさせられるのでしょうか。その理由は主に、RPGには裁定者としてDMが必要で、そのDMがそういう生々しい感情をゲームで出す事を嫌い、ヒーローを演じさせたいからです。ゲームの場でこんな事を言えば愛と友情、そして正義を標榜するDMに白眼視されるか、ひどい場合は『君はこの場に相応しくないね』とまで言われて卓を追い出される事にもなりかねません。しかし、真にAD&Dのベテランを名乗りたければ、DMはそれらの意見を決して黙殺したり、圧力をかけてはいけません。せいぜい『今やっているキャラクターのアラインメントを変えても良いのならば、構わんよ』と云うぐらいにすべきでしょう。全員がバカ正直(というよりもRPGのイメージ操作を行った偽善者共に洗脳されたままだと私は考えている)にヒーローを目指す卓ならば兎も角、プレーヤーの半数以上が同意見ならばそのDMは素直に卓を投げ出すか、路線変更或いは新キャンペーンをとっとと始めた方が良いです。新キャンペーン、即ち悪のキャンペーンを!

悪の誘い第二歩:己が欲望に身を委ねよ

 『悪』と一口に言っても、色々あります。AD&Dを遊ぶ人間ならば誰しも、Lawful evil, Neutral Evil, Chaotic Evilの三種類のEvil Alignmentがこのゲームに存在する事を知っている筈です。悪のキャンペーンを行うに際して、まず最初は○○-Goodは無論のこと、中途半端な○○-Neutralの性格もPCに持たせてはいけません。第一にすべき事は新たなるPCの性格付けを必ず上記三種類のどれかに決定する事です。こうする事で、プレーヤーに自分の分身たるPCがもはや善と云う物の束縛から解き放たれた存在であり、欲望のまま生きる事を選んだ存在である事を自覚させます。取敢えず形(AL)から入るのは基本です。キャラクタークラスも悪の体現者たるクラスをやってみるのがグッドでしょう。AD&Dは第一版のEvil Alignmentで始める事が義務付けられたクラス・Assassinを公式ルールの筆頭にし、Anti-Paladin、Illrigger、ArrikhanといったDragon誌掲載の暗黒系クラスやEvil Necromancer、Evil Clericといった基本ルールで悪の体現者が可能なクラスが判り易くて良いです。単なるEvil Fighter、そして特にEvil Thiefはキャラクターはカスタマイズキャラクターを全面的に使用しない限り(Thiefに関してはそれも怪しいが)これだ!というものは難しいかもしれません。
 もう一つ、長続きする悪のキャンペーンの土台を作り上げる必要があります。悪漢ゲームをするに当って、長続きしない舞台の代表例としては、所謂山賊の類を延々とやり続けるものがあります。これは『北斗の拳』の雑魚敵を地で行っているだけなので、キャラクターとして、プレーヤーとしての成長の見込みは余りありません。AD&Dが本質的に持っているパワーゲームとしての側面を生かす為にも、基本的なゲームスタイルはそのままにすべきでしょう。違うのは手段と目的が暴力的且つ利己的である、或いは覇権主義に偏ったものである、という事です。そうでないと、悪キャンペーンをしている実感が今一つ判らなくなる危険性があるからです。『善良ではあるものの権力欲に乏しい』『悪人を気取っているがどこか甘い』所謂当世の気風に合った英雄ではなく、ある時は策謀を、またある時は暴力を以って敵を懐柔・翻弄し、或いは殲滅し、成上がりの道を只管進む彼らの姿はきっとカリスマ的な魅力をプレーヤーに与えるに違いありません。そして、DMはそれらに対抗する別の悪の集団、そして敵対する以外ない本当の敵、正義の集団を設定します。これらの対抗者、特に正義の集団の設定にDMは注意を払わなくてはいけません。彼らは色々な部分で嘗てのPCが行っていた行動のオマージュとして存在させなければならないのです。今まで『善』のキャンペーンを行ってきた方ならばご存知だと思いますが、AD&Dにおいて正義と悪の行動其の物には違いがありません。AD&Dの遊び方は要は、相手を倒し、金品を得る事でEXP.を稼ぎ、レベルを上げてより強力なキャラクターに成長させる事なのですから。しかし、『正義』を標榜する輩のしていることは何処までが本当に正義なのか、それはDMしか判断は出来ません。そこで、『悪』をプレーヤーに演じさせ、彼らに嘗ての『正義』がなした事を逆に見せてやれば良いのです。彼らが『正義』の輩のしている事に文句を付けるようだったならば、『だってお前等(プレーヤー)これと同じ事していたではないか』と逆に云ってやれば良いのです。そうする事によってプレーヤーに善悪のより明確な区別を付けさせる事も出来ます。悪のキャンペーンをする事によって得られる最大の利点の一つと云えましょう。更に、嘗ての正義側の行動が余りに拙かった場合、それを悪漢キャラクターに潰させてプレーヤーに『ああ、ああいう方法はだめなんだな』と教える事も出来ます。悪人と云うものは基本的に他人に対する配慮と云う物を持ちませんから、本来もっと狡猾で抜け目ない存在、しかし欲望には忠実である(其の為に自滅する傾向が強い)とすべきです。又、中途半端なキャラクターをプレーヤーが演じた場合、容赦なく殺してあげるのもDMの使命です。古来より悪が栄えたためし無し、といいます。悪の価値観が変る位にまで高められなければ、悪とは潰されなければならない存在だからです。ぬるま湯の様なゲームに親しんだプレーヤーにはゲームを始める前にこう云う趣旨をきっちり述べておきましょう。

悪の誘い第三歩:染めよ黒く、己が身を。纏え闇を、己が身に。

 さて、今まではどういったキャラクターを使用するかを述べましたが、次はいよいよゲームで実践してみましょう。悪漢というものは取り敢えず徒党を組んで周囲を威圧することから始めます。というのも、最初から一定レベルで行う場合や、異常種族を使用する場合は別として、悪漢も最初は一般人と何ら変わらないからです。この徒党というのがパーティです。当然、悪漢の溜まり場ですから、最初の時点でぬるい関係は無しにしなければなりません。パーティ内では必ず互いの優劣をハッキリさせておく必要があります。ぬるい関係や甘い考えは予め捨てておかなければ、後々面倒なことになります。まず徒党を組む前にお互いの強さをケンカ(サブデュアル・コンバット乃至パメリングによるK.Oの試合、実際に殺してしまうとゲームの興が削がれる為。まずシナリオに入る前のウォーミングアップでしかない事に注意)で決定しておきましょう。このとき下位に甘んじるキャラクターは当然パシリにされるべきです。其の方が悪人らしさが出る事間違い無しです。こうして徒党を組んだ悪漢は、第一のシナリオに参加する事になります。こんな連中相手にDMは洞窟探検を提供する必要はありません。先ず、殆どの場合、プレーヤーに金も権力もない事を告げれば良いです。このままでは当然餓死するしかありませんから、彼らは何か考え出すことでしょう。彼らも悪漢をする事を目的としてゲームを行っているのですから、其れくらいの発想は出て当たり前です(問題は、実力と計画のギャップをどれだけ埋められるか、です。作成当初のキャラクターに果たして実行可能か否か)。で、それを作っておいたシナリオと繋げてやれば良いです。大事なのはまずプレーヤーに考えさせる事です。只単にタスク(シナリオ)をこなすのではいけません。善が一般的正義で悪の利己的行動を阻止する事で善と言われるがごとく、悪は一般的正義を自らの正義(欲望・野心)で破壊する事で悪と呼ばれるのですから、悪漢は自ら行動せねば悪とは言えないのです。
 DMは、プレーヤーの力とキャンペーンワールドでの彼らの立場に気を配らなくてはなりません。狡猾なキャラクターが、其のアラインメントを変化させないレベルで偽善者を演じ人々の中に溶け込んでいる場合を除き、プレーヤーが目立った行動をとった場合(例えばPCのホームタウンでの強盗・殺人の繰り返し等)、速やかにそうした浅はかな行動を罰する為に治安維持の手段をNPCに取らせましょう。低レベルのキャラクターを追い詰める為の手段や魔法はAD&Dにはわんさと有ります。で、プレーヤーに告げる訳です。『君達は少々目立ち過ぎたようだ』と。もちろん、突然治安警察が殴り込んでくるようなことはせず、まずは街中に噂が流れるなどの演出をシナリオの中に伏線として入れておいて、PCの危機感を徐々に高めて行くのがいいでしょう。PCはいたたまれずにホームタウンを逃げ出すことになるでしょう。そこから彼らがどのように化けるか、キャンペーンは次の段階へと進んで行くことでしょう。
続く

戻る