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メンタルトレーニング

スポーツへの活用

 この章では、メンタルトレーニングにおけるスポーツでの応用事例といくつかの技法を紹介しましょう。 まずは、メンタルの重要性を理解して頂くために、心の準備不足やプレッシャーがどれだけプレーに影響を与えるのか事例をあげて説明しましょう。超一流の選手といえども、メンタルな部分が原因であっけなく崩れてしまうことがおわかり頂けると思います。

 1992年のバルセロナオリンピック、陸上の棒高跳びで誰しもが金メダルを獲ると思っていた当時EUNのセルゲイ・ブブカ選手の例です。ことの始まりは突然の試技のコールにありました。他選手の試技のパスが多かったため、予定より早く試技が回ってきました。試技のコールがあると、選手は決められた時間内に試技をしなければなりません。突然の順番に気持ちを整える余裕がなかったのでしょう。自己のもつ記録(5メートル70センチ)より40センチも低いバーを越えることができなかったのです。その失敗がさらに緊張やあせりを誘い、2度目も失敗します。結局3回とも失敗し、一度もバーを越えることなく記録なしに終わってしまったのです。最も金メダルに近い男といわれたブブカ選手がこのような結果になるとは誰も予想しなかったでしょう。

  1994年リレハンメルオリンピックのジャンプの団体戦において原田選手が、普通にジャンプすれば日本チームの優勝が決まるというチャンスに、プレッシャーから失敗ジャンプとなって、惜しくも金メダルを逃しました。1998年の長野オリンピックでは雪辱をはらして金メダルを手にしましたが、この時のプレッシャーについて、最後にジャンプした船木選手が「すごいプレッシャーでした。普段は考えない失敗ジャンプのことを考えてしまいました。4年前の原田さんの気持ちがよく分かりました。」といっています。見ている我々も緊張しますが、選手たちはそれ以上に緊張と戦っているのです。

  高校野球においても、9回での逆転劇が多いのは「甲子園で勝ちたい」というプレッシャーから崩れてしまうことが多いのではないでしょうか? ピッチャーが「ここでファーボールを出してはいけない」とか、野手が「ここでミスやエラーをしてはいけない」とミスやエラーことを考えれば考えるほど、不安感や恐怖感がつのり、体の筋肉を硬直させ、ミスやエラーを呼び込んでしまうのです。

 ゴルフにおいても、「優勝に絡んだプレーをしているときのプレッシャーは特別である」とプロゴルファーはいいます。あのジャンボ尾崎選手ですら、日本オープンで数十cmの優勝パットを入れるのに手がしびれ、二度も仕切り直しをしたことがあるくらいです。これほど、プレッシャーはスポーツをする人々に影響を与えているのです。まさに、プレッシャーは心に宿る『魔物』なのです。

  では、プレッシャーで我々はどのようになるのでしょうか? 体の変化としては「脈拍がはやくなる」「のどが渇く」「手足が思うように動かなくなる」「体が震える」などがあります。また、心や思考の変化としては「頭の中が真っ白になる」「集中力がなくなる」「その場から逃げ出したくなる」といったことがあります。これらの症状を早期に気づき、自己をコントロールし、対応していくのがメンタルトレーニングです。

 では、なぜプレッシャーがかかるのでしょうか。プレッシャーは、自らの考え方から生まれるといえます。「自分をよく見せよう」とか「ここで〜をしてはいけない」とか「〜をしたらどうしよう」とか、普段とは違う気持ちがこのような状態をつくり出しているといえます。ゴルフでいえば、「飛ばしてやろう」と思えば体に力が入る、「OBを打ってはいけない」と思えば慎重になりいつもと違う動きになる、「ボールが池に入ればどうしよう」と思うと不安になり体が動かなくなる、というように自らの考えの変化が大きく影響しています。

 このようなメンタルの失敗を克服したのが、スピードスケートの黒岩彰選手です。 スピードスケートの世界選手権で総合優勝し、1984年のサラエボオリンピックでメダル獲得は確実とされていました。しかし、みんなの期待がプレッシャーになり得意の500メートルで10位という成績に終わってしまいました。このときのようすを本人は「緊張のあまり、体が思うように動かなかった。自分の体でないようだった」と表現しています。まさしく、プレッシャーが原因で勝てなかったのです。その後も、後遺症でサラエボと同じ4組のアウトコーススタートは苦手になり、調子のよいときでさえ4組のアウトコースだと勝てませんでした。自分にとって4組のアウトコースは『鬼門』であると思ったそうです。心理的な要素がここまで影響するのです。そこで、黒岩選手は4年後のオリンピックに再度挑戦しようと決心し、4組のアウトコースでも勝てるようにとメンタルトレーニングを始めました。トレーニングは、最悪の場合を想定してのイメージトレーニングをしています。例えば、苦手な4組のアウトコーススタートで、さらに前の3組が全員世界新記録を出したという状況を想定し、そのプレレッシャーの中で自己の力を発揮し、最高の記録を出して優勝するというイメージトレーニングをしているのです。 いよいよ、4年後のカルガリーオリンピック。何と、偶然にもスタートはサラエボのときと同じ苦手な4組のアウトコースでした。しかし、最悪の場合を想定してトレーニングをつんできたため、前回のオリンピックのようにプレッシャーに邪魔されることなく、自己の力を充分発揮し、自己最高記録で銅メダルを獲得したのです。このように、メンタルトレーニングでプレッシャーや苦手意識を克服することができるのです。

  一般的にメンタルトレーニングは即効性があるように思われがちですが、基本的には数か月から数年の継続的なトレーニングが必要です。心理テストによる自分の再認識、明確な目標設定、練習や試合でのコンディションや気づいたことの記録(日誌)、イメージトレーニング、リラクゼーショントレーニング、練習意欲や集中力の向上、冷静な判断力など、日々のトレーニングが重要です。

  ここで、メンタルトレーニングの技法の中で、我々が簡単にできるものをいくつか紹介しましょう。緊張やプレッシャーから逃れる(リラックスする)方法として活用してください。

1、深呼吸
   深呼吸することで、気持ちを落ち着かせる最も簡単な方法です。背筋を伸ばし、腹式呼吸で、ゆっくり鼻から吸って、ゆっくり口から吐きます。吐くときに細く長く吐くのがこつですが、自分の最も気持ちよいリズムで行なってください。息を吐くときに、心拍数を減少させるなどのリラックス効果(副交感神経の活性)があります。

2、弛緩法  
   リラックスさせる部分に意識的に力を入れて緊張をつくり、その状態からさっと力を抜いて緩和(脱力)させる方法です。緊張から脱力への反動を使って一挙に力を抜いてください。この力を抜いたときの感じがリラックスしている状態です。このリラックした状態を体で覚えてください。

3、自己暗示法
    「私は今、落ち着いている」「私は今、リラックスしている」など、自分にいい聞かせる方法です。いわゆる、セルフ・コントロールです。これを繰り返していると、その決められた言葉を口ずさむだだけでリラックス出来るようになります。 ジャイアンツの桑田投手がマウンドでボールにブツブツ話しかけているのを見たことがあると思いますが、これもメンタルトレーニングのテクニックのひとつで「セルフトーク」といいます。ボールに話しかけているようですが、実は自分にプラスの暗示をかけているのです。「これぐらい、どうってことない。大丈夫だ」とか「落ち着け」「俺にはできる」とか・・・・。そうすることにより、プレッシャーから自分を守っているのです。

 4、プラス思考(ポジティブシンキング)
   物事をプラス方向に考えるテクニックです。マラソン選手は、レース後半で疲れたとき「もう駄目かもしれない」と考える時があります。しかし、「相手も疲れているはず、ここで頑張らなくては」と考えることで、やる気や頑張りを取り戻すことが出来ます。ゴルフのスタートホールでOBを叩いたときも、「これで今日もだめだ」と考えず、「1日のうちには何度かOBもあるだろう、たまたまこのホールでOBが出ただけ、ゲームはこれからだ」と考えることです。プラス思考は、ミスや失敗をいつまでも引きずらず、気持ちを常に前向きにもっていくテクニックです。過去のミスにいつまでもこだわっていると、今のプレーに集中できず、また新たなミスをすることになります。 ただし、プレー中にミスを忘れることは必要ですが、プレーが終わってからミスの原因を分析し、じっくり問題を解決してください。

 5、サイキングアップ  
   好きな音楽を聴いたり暗示をかけて、気分を高めたり興奮させて、最高の心理状態にもっていく方法です。生理学的にドーパミン(快感ホルモン)という脳内物質が増えると、脳が活性化し意欲がわくといわれています。 また、プロゴルファーの中には、試合時の興奮を利用して、筋力をアップさせティーショットでの飛距離を伸ばすことがあります。我々が普段感じている筋力の限界は「心理的限界」といい、本来の筋力である「生理的限界」の約70%〜80%しか使っていません。そこでこの興奮ホルモン(ノルアドレナリン)を利用し「心理的限界」を「生理的限界」に近づけパワーアップするというわけです。暗示等により筋力のパワーが向上することは、すでに証明されています。

 6、サイキング・アウト
   相手がやる気をなくすような言葉をかけたり、相手のリズムを崩す方法です。相手が秘密にしていることや、気にしていることを告げ、相手の注意をプレーからそらせます。このように集中力を低下させるやり方は、元ヤクルトの野村監督が現役のキャッチャー時代によく使った方法です。また、ゲームの途中にタイムをかけて、相手のよいリズムを止めたり、自分のリズムを取り戻すきっかけにします。          

2001/1/29


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